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【光秀を】<ときは今>制作委員会【大河で!】

1 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 00:40:35 ID:p1W4s3Ya
 明智光秀が主人公の大河をNHKに作らせよう!  
 2ちゃんの皆さんの声をたくさん集めて、最終的には大河ドラマ「ときは今」の企画書を、NHKに提出する…
 こんな壮大な夢の実現が、このスレッドの狙いです!!

■企画書第1部■
明智光秀を主役とした大河ドラマ「ときは今」における、<テーマ><骨格となるストーリ><キャラクターの基本設定>そして<時代考証>などを中心にまとめます。
プロが作成した企画書並みの、ドラマの原作にすらなり得るような、中身が濃くて完成度の高い企画書を目指します。
明智光秀ファンの方、ドラマや小説などの勉強をされている方、現在の大河ドラマにもの足りなさを感じている方…そんな貴方には絶好のチャンスですヨ!

■企画書第2部■
2ちゃんの皆さんの、<明智光秀を主人公とした大河ドラマ>についてのナマの声を掲載します。
キャスティングの希望、 演出やロケ地などの希望、大河ドラマに対する要望、そして当スレッドの「ときは今」への感想など…
視聴者の意見をたっぷり取り入れた、2ちゃんらしい企画書に仕上げたいと思います。ムズカシク考えずにどんどんご意見・感想を書いて下さい。

    〜皆さまのご参加を心よりお待ちしています〜



2 ::2005/05/14(土) 00:42:57 ID:p1W4s3Ya
大河ドラマ「ときは今」制作委員スレッドとは??

2005年2月11日、大河板に一つの野心的なスレッドが建った。

<ハンドル名:明智のみっちゃん>
明智光秀が主役の大河をNHK作らせよう!
   ★本スレの狙い★
・最終的には署名を集めNHKに明智光秀を主人公とした大河ドラマ「ときは今」を作らせる。
・キャスティングを一方的に決めてあげる。
・演出やストーリ展開も決めてあげる。
   目標に向けて地道にキャスティングやストーリを考えていきましょう!

この「明智のみっちゃん」の呼びかけにこたえて、
同年4月27日までに270を超えるレス(明智光秀に関する情報提供・人物分析・ストーリ原案など)が集まり、
大河ドラマ「ときは今」の企画書作りは少しずつ体裁を成してきた。
が…大河板は「実況板」という設定にあり、24時間書き込みが無ければdat落ちの運命にあった。
そして…制作委員(自称)・常連書き込みさんのわずかの油断から、「ときは今」スレッドは
あえなくdat落ちに…

しかーし、諦めるのはまだ早い!
「時代劇板」があったではないか!!
あらたに「ときは今」スレッドを時代劇板に設置、
<明智光秀を主役とした大河ドラマ>企画書設立に向け、
時代劇板住人の皆さまにも、ご参加・ご協力をお願いしたく思います。

…参考スレッド:大河ドラマ「ときは今」制作委員…
http://live14.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1108117826/
(dat落ち)


3 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 00:46:18 ID:p1W4s3Ya
スミマセン、ハンドル名がおかしくなった!
…「ときは今」軍規(このスレッドのローカル・ルールだよ!)…
その1・age奨励、メル欄にはできるだけ何も書き込まないで下さい。
(メル欄に書き込みをするとIDが表示されなくなります。
発言者を明確にするため、IDが表示されるよう、メル欄は空欄でお願いします。特に
固定ハンドル使用者さんはageでお願いします。
またメル欄を空欄にしますと、掲示板において「ときは今」スレッドの表示が揚がり、
レスがつきやすくなります)。

その2・スレッドの狙いに合致した書き込みであれば、スレッドの話の流れとは関係
なく、情報提供・アイディア・感想・意見など、自由にどんどん書き込んで下さい。

その3・異論を恐れず、どんどん意見をだしていきましょう!
但し、NHKの関係者をはじめ、どんな方がこのスレッドを読んでいらっしゃるのか分
かりませんので、一定の品位は保つように…

その4・スレッド運営の統括責任者などは当面設けません。
スレッド運営に関して何か希望があれば自由に書き込んで、皆で話し合って、その都度
決めていきましょう。

その5・参加および脱退は自由です。ただ…固定ハンドル使用者さんが抜ける時は、
ちょっと挨拶してね!(ハンドル名の使用は、他のハンドル名と紛らわしい名前を使用しない限り自由です。名無しも勿論OK)。


4 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 00:50:21 ID:???
前スレッドの書き込みなど、ぼちぼち紹介したいと思います。
全部で270以上もの書き込みがありましたので、
できれば過去ログで読んでいただきたいのですが…

5 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 00:54:32 ID:???
長めのレスが続きますし、IDが表示されたので、ここからはsageでいきます。
前スレッド<明智のみっちゃん>発言より…スレッドの狙い
・母親と仏を尊び、妻を愛し(生涯側室なし)文武両道に秀で、民からもよき領主として
慕われていた彼がなぜ信長を殺すに至ったのか?
様々な説が存在しますが、すべての可能性を加味しつつ
独自の見解で新たな仮説を提唱する!
そんなドラマにしたいですね。

・案外、明智光秀の人生の前半部分って謎だらけなんですよ。仕官する前の放浪期間がね。
これはドラマ作りにとって有利ではないでしょうか。
かなり制作側の自由が許されますから。

・よくニュースなどで「とてもそんな人には見えなかった!」という犯人に対する証言ってあるじゃないですか。
そんな風に「こんないい人がなぜ、主君殺しに走ったんだ?」という印象を見る側に与えられたら幸いです。
 それとともに「本能寺の変」を期に、泣いた者と笑った者とに武将が二分されたのは
承知の通りです。
そういった周辺の人物の成功劇または転落劇を描けたらなぁと、考えてます。


6 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:03:53 ID:???
前スレッド<明智のみっちゃん>発言より
(なぜ「明智光秀」なのか?という質問に対し)
きっかけですか〜。なんでしょうねぇ?
色々ありますが、単純に「怨恨説は後世に作られたもの」だと研究書の類には記されているにもかかわらず、
小説やドラマの世界では、まったくその路線を採用していないという点に反発を覚えたことですかね。

 歴史モノなど大方、歴史の流れや展開がわかってる人が見て楽しむものでしょう。
ですから、従来の設定のものを何べんも見ていても刺激がないでしょうし、面白みに欠けます。
だからこそ、あえて!ここで「怨恨説一切ナシ」でガチンコ勝負したモノを世に出してみてはどうだろうか?
と、常々考えていたのです。実際、彼に関して残る逸話(真偽はともかく)は、とてもドラマチックなものが多いんですよね。
秀吉が草履を温めて待ってるシーンを毎回も拝むより、光秀一向の苦難や愛情や友情を描いてみるのも、見る側にとっても一興ではないかな?
と思うんです。

 そして、子供のころから「本能寺には諸説ある」といったような記述を受け入れられなかったという点もあります。
「真実は一つだけなハズ。例え、光秀の心中に様々な思いや心の葛藤があったとしても、最終的な理由はキチンとあったはずだ!」と考えていたので。
それらを解明することが、逆臣の汚名を返上す明智る道だと思い、
こうしてスレッドを立ち上げたのでした。



7 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:07:08 ID:???
前スレッド<明智のみっちゃん>発言より
(なぜ2ちゃんねるなのか?の質問に)
「電車男」を映画化させるパワーを持った天下の2ちゃんねるですから・・・
何かご利益があるかなぁ?とあやかりスレを立ててみました。これからもよろしく(笑


8 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:15:45 ID:???
前スレッド<織田ののぶちゃん>の発言より…「本能寺の変」の動機

僕のイメージする光秀は…
京洛での行政面で力を発揮する一方、武芸にも秀でた文武両道の名将。
和歌などの伝統文化に造詣が深く、伝統を重んじる。
妻・熙子や家臣たちを大切にする、穏やかで信心深い性格。
秀吉のように信長の機嫌を取るなどということは苦手だが、
仕事面できっちり結果を出す切れ者タイプで、また、実は信長のことを人一倍敬愛している。
常に天下国家のことを考えていて、日本に安寧の時代が早く訪れることを願っている。

そのため、天下布武により平和を実現しようとする信長についていこうと決心するが、
次第に権力を手にした信長は、自ら神を名乗るなどし、朝廷を存亡の危機に陥れる。
光秀は、信長を尊敬していながら、
この国の伝統を守る為に、
そして信長の悪名を残さないために、
自らの名が謀反人として後世に伝えられることをいとわず、苦情の決断を下した
正義感の強い、心の底に熱いものをもった男だと思っています。
大河ドラマでは、光秀が本能寺の門の前で采配を振るっていたり、
最悪の場合には信長と顔を合わせたりしていますが(利家とまつ)、
実際は斎藤利三が実行部隊で、光秀は遠くから見守っていたのだったと思います。
本能寺の方から炎が上がった時、実際の光秀はどうだったか分かりませんが、
このドラマでは一筋の涙を流してほしい。
信長を憎む光秀の復讐劇にするよりも、こちらのほうが余程ドラマチックだと思うのです


9 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:18:49 ID:p1W4s3Ya
 (続けて<織田ののぶちゃん>発言より)
朝廷黒幕説はちょっと違うと思います。
本能寺の変後、光秀は「謀反人」だったために味方を集めることが出来ず、秀吉に敗れた。
バックに朝廷があったなら、光秀はそれをアピールすることによって
味方を集めることもできたのではないでしょうか。
ですから、頭の中に朝廷のことはあったでしょうが、
あくまで光秀がひとりで決断したのではないかと考えています。
その方がドラマ的にもいいと思います。

比叡山焼き討ちの話が出ましたが、光秀があれに強硬に反対したのは俗説です。
光秀自身が焼き討ちの根回しのために、周辺の土豪に送った書状が残っています。
人質となった光秀の母が信長のせいで殺された事件、
近江・丹波の召し上げ事件、
家康接待に落ち度があって罷免された事件、
「お前がいつ骨を折った!」と言われて折檻された事件 など
いろいろな話がよく描かれますが、これらも全て江戸時代に創作されたものらしいです。
後世の人たちは、あの光秀がどうして謀反を起こしたのか理解できず、
「何か相当な恨みがあったに違いない」と考えて軍記物なんかに書き立てたのでしょう。
光秀の母の事件など、ドラマ的に涙を誘うようなものもありますが
(「秀吉」の時の野際陽子さんが印象的です)、
今回の企画では そういった逸話を描かずに、光秀謀叛の真相に迫ってみてはどうですか?



10 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:22:08 ID:p1W4s3Ya
 <明智のみっちゃん>発言…「本能寺の変」の動機について
「光秀は信長を敬愛してた!」いいですね。実際そうだったと思います。
朝倉家や将軍家にはなかった、自分が求めていたものが信長の野心にはあった!
光秀が信長を殺したのも後世のことを考えてのことかもしれませんね。
おごる平家久しからずや!ですからね。信長がこれ以上暴走すると日本国としても迷惑だし・・・
それ以上に信長自身の後世の評価を下げてしまいかねない・・・
叡山攻めの反対も意外とそういう思惑あってのことだったのかもしれません。
周囲の朝廷やら何やらはそれぞれの思惑で動いていたが、
最終的には誰の命令や脅しで動いたのではなく、彼の意思で決定したことなんだと思います。


11 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/14(土) 01:25:57 ID:WgSFGlM3
光秀主役の惟任(これとう)大河、大いに賛成!
つい先ほど偶然にも、ここが立ち上げられているとは知らずに、
「次代を担う若手時代劇俳優」への意見として、女優・木村多江の
名前を挙げさせて頂き、(光秀の娘である、明智 玉 こと)細川ガラシャ
演じる日が来るだろう、と述べたばかりだった。
木村多江は光秀の妻でガラシャの母である熙子(ひろこ)も似合いそうだ、
と今ふと思いついた。    熙子を演らせれば、・・・・・・・・
木村多江>>>有森也美(H.8 大河「秀吉」)>>>酒井のりピー
 (H.17 テレ東/正月特別番組「国盗り物語」)
主役光秀は内野聖陽あたりがいいかな?←←まさに思いつきゆえに、
反対意見も歓迎!
 

12 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:26:25 ID:p1W4s3Ya
<明智のみっちゃん>発言の続き 

 逆に言うと「罪」の意識があったのかもしれません。

「自分がこの男に近づき上洛をさせてしまった・・・。そして、
今その男は地球儀なんか眺めてるぐらいだから次は何を言い出すかわからない・・・
今ここでこの男を始末しなければ、日本の歴史に汚点を残すことになるかもしれない。
何よりこの男の名誉のためにも引き際を用意する方がいいかも・・・
自分がこの男を強大化させるキッカケを与えてしまった。だから、その責任をすべて負うことにしよう。
すべての泥を自分ひとりがかぶってすべての争いを終わらせよう。」

(読んでない人に対して非常に不親切な例えですが、浦澤直樹のマンガ「MONTER」のテーマっぽい感じを意識してるんです。自分としては)
次の時代を担っていく朝廷や秀吉や家康に迷惑がかからないように「信長は英雄。光秀は極悪人」であるという位置づけを自分で設定した。
これが信長を含め、これが優しい彼の最後にできた周囲の人への最大の「思いやり」だったのかもしれません。

 そして従来のドラマや映画じゃ光秀が「信長の首はドコぢゃぁ〜!!」と気が狂ったように探し回っているシーンがありますが・・・
彼は信長に敬意を表し武人として葬ってあげたかったからこそ遺骸を求めたということにしたいです。


13 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:32:40 ID:p1W4s3Ya
<まったけ館長>の発言…「本能寺の変」の動機について
 まず静岡大学教授の小和田哲男先生の『明智光秀ー作られた謀反人ー』のご一読をお勧めします。
この書籍には、50にものぼる「本能寺の変」の説をまとめられています。
それからは、戦国時代史学の泰斗・高柳光寿先生と桑田忠親先生の書籍がお薦めです。
高柳・桑田両先生が、従来の俗説を丁寧に検証されています。

 高柳先生は「野望説」、桑田先生は「怨恨説」の立場です。
この両先生のいわゆる「高柳=桑田論争」は、現代の「本能寺の変研究」の大きな起点となりました。
この論争が、数々の「本能寺の変」に関する数多くの説を生み出したことになる契機になったものと思っています。
また、桑田先生は、「丹波・八上城攻略の光秀の母の人質事件」や「せっかん事件」等の
いわゆる俗説的な「怨恨」を否定されたうえでの「怨恨説」です。

 桑田先生の書籍は、廃刊になっていますが、アマゾン等でわりと安価で古本を入手できます。

(明智のみっちゃんの「俗説的な怨恨説を否定された上での怨恨説とは?…という
質問に対し) 桑田先生の説のこととしてお答えします。
   桑田先生は、よく小説やドラマで演出される「丹波八上城における明智光秀の母事件」や「斉藤利三をめぐる稲葉一鉄との確執」、「徳川家康饗応事件」等の
「怨恨 」の否定されています。
先生は、明智光秀が織田信長によって武士の面目を潰されたため、「遺恨」になり旗揚げを決意したと説かれています。
 具体的には、四国・長曽我部に対する政策の転換で、明智光秀の考えが否定されたため、決起に至ったとされています。


14 :ピノコ:2005/05/14(土) 01:35:47 ID:p1W4s3Ya
>>11さん
わお…さっそくの書き込み、アリガトウございます!
アドバイスなど、これからもよろしくネ

15 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:39:46 ID:p1W4s3Ya
<織田ののぶちゃん>の発言…「本能寺の変」の動機

まったけさんと同じで、僕も”俗説”のエピソードがドラマで描かれるたびに、
残念に思っていました。

史実が云々、ということではありません。
現実性のあるエピソードなら、たとえ一級史料に載っていないことであっても
やっていいとおもいます。
ただ、この種のエピソードを描くと、その時点で怨恨説になってしまう。
単なる殺人事件なら怨恨説でも構わない。
しかしこれは、1万3千の兵を率いた光秀による、軍事クーデターなのです。
1万3千の運命を背負って、光秀は信長を討つ決断を下したのです。
ひとつ間違えれば、1万3千人が路頭に迷いかねないし、命を失うかもしれない。
それほど重い決断だったはずです。
家臣思いの光秀が、そんな決断を個人的な怨恨が原因で下すような人物とは到底思えません。
全てを賭けてでも信長を討たねばならない、何かがあったのだろうと思います。

長宗我部問題は確かに大きいと思います。
光秀の重臣・斎藤利三の妹は、長宗我部家に嫁いでいますね。
信長が長宗我部と手を切ると決めた時、悲嘆にくれる利三を光秀が慰める。
悲しみを分かち合うことで、主従の絆がより深まる。
そんなシーンを描ければいいと思います。
本能寺の変の起こった6月2日は、信長配下の四国遠征軍が船出する予定日でした。
絶妙のタイミングで事件が起こり、四国遠征は中止になったわけです。
光秀が信長を討った理由は複数あると思いますが、そのうちのひとつが
長宗我部問題だった可能性はあるでしょう。


16 :名無しの制作委員:2005/05/14(土) 01:49:13 ID:p1W4s3Ya
…という感じで、大河板で行しておりました。
その他、「明智光秀の人生の目標は??」などなど、いろんなことが議論され、
「琵琶湖渇水の時には、坂本城の石垣が見えた」「『唐崎の一つ松』は明智光秀と無関係だった」
「丹波における周山城建設の目的は??」「光秀=天海について」「竜馬は光秀の子孫??」etc…
いろんな意見が交わされました。
また、ストーリ案も書かれていました。

実は…大河板時代の「ときは今」のコテハンは、<2ちゃん慣れ>していないヒトが殆どなんで…
スレッドの運営方法なども、アドバイスお願いします!

17 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/14(土) 16:28:08 ID:???
新スレおめでとー♪
フレ☆(・∀・☆)(☆・∀・)☆フレ  ピノコ☆

18 :名無しの制作委員:2005/05/16(月) 00:21:04 ID:JBw+r17b
これまでの常連固定ハンドルさんの紹介

・明智のみっちゃん
この企画の最初の呼びかけ人。前スレッド「『ときは今』制作委員」を大河ドラマ板に建てたのも、この人。
名前は「明智のみっちゃん」だが、中の人の性格はむしろ織田信長。
前スレッドがdat落ちして以降は行方が知れず…。

・織田ののぶちゃん
明智のみっちゃんのなが〜い書き込みに対し、一番最初になが〜いレスを書いた人。
真面目で実直。こちらもハンドル名とは反対に、どちらかといえば光秀タイプのお方なのか??
最近は、書き込みに来なくなった。

・まったけ
亀岡国際秘宝館サイトhttp://www.geocities.jp/f4_ttm/a_shuki.html
の館長さん。
明智光秀関連のサイトの掲示板なら、あっちこっちで、このお名前を見かける。
本人によると、前世は明智光秀の小姓だったとのこと。

・ピノコ
ハンドル名の由来は「このスレッドにおける良き助手となれますように…」
とのことだったが、美濃守護代の地位に昇りつめた斉藤道三のごとく、
いつのまにかスレッド主(?)になってしまった人物。
こいつもハンドル名とはうらはらに、性格はむしろ「でじこ」。
普段話しをする時も語尾に「にょ」が付く。
実は…清水一彦の大ファン。

                         文責 名無しの制作委員&ピノコ
   

19 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/16(月) 01:06:15 ID:???
あれ、こっちに移ってきたの?
もしかしてここ2スレ目ですか。

20 :名無しの制作委員:2005/05/16(月) 07:56:22 ID:JBw+r17b
最初の方にも書きましたが、以前は「大河板」にあったんですよ。
だけど「大河板」は実況板なので、24時間以内に書き込みがないとdat落ちづるんですよ。
…で、dat落ちを機会に、こちらに立て直した訳。
前スレッドで書かれたストーリとか史実への解釈・分析なんかは、いくつかコピペして持ってきた方がいいでしょうか。
それともストーリ創りなどは、大河板時代のものはチャラにして、一から議論し直したほうがイイかな?

21 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/17(火) 10:15:42 ID:???
おはよ〜ん♪

22 :ピノコ:2005/05/18(水) 23:47:57 ID:tG2MqyBh
レスが来ないなあ…、どうすれば人気がでるのでしょっか、このスレッドは。
以前から考えてあるピノコ版「ときは今」のストーリをぼつぼつ書き込んでいきますので、
それを叩き台に、ストーリを議論しながら皆で創っていきましょうかね。

あと、皆さまかたの「これまでの(ドラマ・小説における)光秀の描かれ方のココが不満だ」とか
「こんな光秀主役のドラマを観たい」「こんな戦国モノを創ってくれ〜」というのがあれば、
どんどんここに書いて下さいな。オネガイします。

23 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/19(木) 00:19:34 ID:???
うーん、明智光秀は苦悩する教養人という意味でも
すごく好きな人物なんだけど、どうしても
「国盗り物語・異伝」的な内容になりそうなんだよね。

正月時代劇でもいいじゃん。

24 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/19(木) 12:49:56 ID:???
やっとみつけましたよ。これからも頑張って下さい。
みっちゃん、のぶちゃん、またっけさんお早いお帰りを!!!

25 :ピノコ:2005/05/21(土) 00:43:43 ID:4k7AAumG
応援、ありがと。

前スレッドで、<明智のみっちゃん>から、『ナポレオンの転落劇としての明智光秀の物語』
という提案がありました。ピノコのストーリ原案も、この「ナポレオンの転落劇」の視点を取り入れたものにしたいです。

(前スレッドより)
貴族主体の独占的な旧体制を否定し自由主義をうたいフランスをまとめあげたナポレオンが、
統一後は皇帝を名乗り、次第に当初の狙いとは逆の方向に突き進んでいくような・・・
ベートーベンが「ナポレオンも自由だ平等のためだとか言いやがって!
いざ権力を手にしてみればタダの愚かな人間じゃないか!
あぁあ期待した自分が馬鹿だったな!」と嘆いたそうです。
このベートーベンを農民として描きたいんです。
光秀は最後は農民に刺されますし。

この意見をもとに、私のほうでも考察を進めました。すると…
童門冬二先生に依りますと、明智光秀どのの愛読書は「孟子」だったそうです。
(三笠書房 知的生き方文庫「人物歴史館戦国編【前編】」より)
孟子…「易姓革命」の人なんですね。
光秀どのは強烈な(易姓)革命思想を持っていた、そんな人物に描いてみたいです。

26 :ピノコ:2005/05/21(土) 07:50:42 ID:???
それにしても、明智のみっちゃん・織田ののぶちゃんは。何所にいるんでしょ。
まったけ館長さんは居場所が分かって、ここのことをお知らせしたのに、来るのが遅いなあ…


27 :お具:2005/05/21(土) 17:04:54 ID:uGkcCScZ
おおっ!また信長や家康などといったいわゆる「英雄」と違った見方から、
戦国時代も見るのも興味があります。
本能寺がひとつの戦国時代の区切りでもありますし…

あと、父が「我が○○家(←自分の本名)のご先祖は農民のふりをして、
あの明智光秀を討った武士だぞ!」
と、山崎合戦がTVで流れるたびに言って憚りません。
もし本当だとしても、皆さん討ち入りはやめてください。


28 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/21(土) 17:05:50 ID:uGkcCScZ
はじめまして!
おおっ!また信長や家康などといったいわゆる「英雄」と違った見方から、
戦国時代も見るのも興味があります。
本能寺がひとつの戦国時代の区切りでもありますし…

あと、父が「我が○○家(←自分の本名)のご先祖は農民のふりをして、
あの明智光秀を討った武士だぞ!」
と、山崎合戦がTVで流れるたびに言って憚りません。
もし本当だとしても、皆さん討ち入りはやめてください。


29 :お具:2005/05/21(土) 17:07:32 ID:uGkcCScZ
すみません上二つかぶりました。
共に自分のです。
すいません。


30 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/21(土) 18:59:56 ID:???
ウザイから史板や三戦板に貼りまくるな

31 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/23(月) 23:41:57 ID:???
三戦板の「明智光秀総合スレッド」から来ました。
ずっと昔にあったレスで面白いものを見つけたので、こっちに貼ってきます。
参考にしてくらはい。

53 :無名武将@お腹せっぷく :03/12/27 10:07
西暦2213年
大日本帝國初代皇帝織田信長が死去して600年余り。
29代皇帝織田信槇の圧政に苦しんでいた人々は、一人の若者をタイムマシンで中世に送り込んだ。
歴史上に存在しない明智光秀という名前を与えられたその若者の任務・・・それは織田信長を殺害する事であった。



32 :ピノコ:2005/05/25(水) 00:26:42 ID:/YSTClP6
>>31さん

未来人明智光秀…イイ! 昔の少年ドラマシリーズにありそうな設定だ。

前半のストーリ…(未来から来たので)居場所が無い、あちこち流浪せざるを得ない。
後半のストーリ…(未来から来たので)信長の優れたセンスに惹かれる。誰よりも信長を評価、
         だけど、未来のことを考え、泣く泣く信長を討つ…

光秀どのを、これまでの小説で描かれていた保守家ではなく、むしろ現代人に近い感性の持ち主に描きたいですね!
いいヒントを、ありがとうございます。
ヨ ロ シ ク !

明日は時間がとれそうなので
前スレッドのストーリをこちらに移しつつ、できたら「越前編」の前半まで、書きたいです。

33 :ピノコ:2005/05/25(水) 00:33:06 ID:???
なんか、パソコンの調子が悪い。
>>32の「ヨロシク!」が変な位置に来てしまったw
正しくは「前スレッドの(ry…)書きたいです」の次に
「ヨロシク!」を入れるつもりだったのに…
(単に自分のミスか?)

34 :…ストーリ原案・その1…:2005/05/25(水) 14:23:18 ID:/YSTClP6

<明智光秀は確かに土岐源氏・明智一族出身、しかし嫡男ではなかった>

明智光秀の出自に関しては「土岐源氏出身」という説が有力です。
 しかしながら、生前から「出自不明」とされていたようで、前半生に関する資料も殆んどありません。
 また、「土岐源氏・明智一族」とする場合でも父親が誰なのか資料によってまちまちです。
これらのことから、「明智光秀は確かに土岐源氏・明智一族出身、しかし嫡男ではなかった」という仮説を立ててみました。


35 :…ストーリ原案・その1:2005/05/25(水) 14:44:44 ID:/YSTClP6
 光秀は土岐一族庶流・明智家出身の光綱の息子。光秀は幼くして実父と死別、
祖父・光継および叔父の光安(光康?)のいる明智城に引き取られる。
叔父の実子は光秀より幼く、光秀は長男めいた扱いを受けていた。
光秀は、10代半ばの頃、意外な事実を知る。
父・光綱は、これまで光秀が祖父だと信じていた光継の弟であった。
光継が家督を継いだ際、末弟の光綱を自分の養子にしたのである。
したがって、明智家の当主の座は、光継→光安→光安の実子(光春…後の秀満)の
順で受け継がれることとなる。


36 :…ストーリ原案・その1…:2005/05/25(水) 14:52:57 ID:/YSTClP6
      (上記の続きです)
そんなことがあれば、光秀にとって大変ショック!
 一時はショックのあまり、性格がいじけそうになったし周囲を怨んだりもした、しかしギリギリ思い直して、
「家督が継げないのなら、文武で身をたて自分の居場所を捜そう」と学問と武道の修養に励み、
さらに「自分は『天』に用いられる人となろう」と決意、徳の涵養に努めた…。

そして、この時に…
 ・川原で木仏を拾う。周囲の人達に「この仏像を大切にすれば、将来、千人の頭となれる運命にある」
  と教えられるが、光秀は敢えて木仏を火にくべる。
 ・快川和尚と出会い、自分の人生の目標について語らう。
…というエピを出すのもイイでしょ。

  また信長に仕えるようになってからの光秀は、信長に協力し、すべての既成勢力と徹底的に戦います。
 この辺り、「自分を受け入れなかった社会のシステムへの強い怨念」があったのではないでしょうか。

こういう設定にしてみると、その後の人生の「目標」や「動機」に一貫性をもたせることができます。



37 :…ストーリ原案・その2…:2005/05/25(水) 15:00:53 ID:/YSTClP6

<土岐という姓には、すでに「土岐源氏がいずれ天下をとる」という願いが込められていた>
 
「岐阜」という地名の由来は、「周の武王が、岐山のふもとで兵を挙げ、殷の王を倒し、新たな王朝を興した」という故事にちなんで信長が命名した…そという話は、皆さまもご存知だと思います。

私は「岐阜」と「土岐」に同じ「岐」の文字があるということが気になって、
いろいろ調べてみました。すると…
日本文芸社「面白いほどよくわかる戦国史」P143三行メモ『岐阜命名の由来』には、
『信長が「岐阜」の名を用いる以から、「岐阜陽」「岐陽」という語の使用例があった』
書かれていました。


38 :…ストーリ原案・その2…:2005/05/25(水) 15:09:10 ID:/YSTClP6
         (上記の続きです)
 そこで私は、「土岐」という地名や姓そのものに、
「ヤマト(日本)における岐山」という願いが込められていたのではないか…という仮説をたててみました。
 土岐家の祖・清和源氏の源国房が、大昔、山ばっかりの美濃を「岐山」にみたて、
「いつか、あいつを討ち取って、京の都に返り咲いてやる〜」って心に誓って、
「土岐」という漢字を当てた(あるいは地名をそのように解釈した)とか…。


39 :…ストーリ原案・その2…:2005/05/25(水) 15:12:16 ID:/YSTClP6
       (上記の続きです)
 また、童門冬二先生によれば、光秀の愛読書は「孟子」で、
「徳を失った王は、一人の匹夫にすぎない。これを討つ者は王を討つのではなく
匹夫を討つのである」という思想をもっていたのだそうです。
 光秀はシナの「易姓革命思想」(王が統治能力を失えば天命があらたまり、
前の王統が覆され、新たな王統がおこること)の信奉者。
その思想は実は先祖代々から受け継がれた、土岐一族の「悲願」でもあった…
という設定にすれば、あとあと話がつながっていきますし、光秀どのキャラも
強烈なものとなります。


40 :…ストーリ原案・その3…:2005/05/25(水) 16:04:43 ID:/YSTClP6
<斉藤道三と明智光継・光安親子は、『革命』をめざす『同志』の間柄だった>
<斉藤道三の父・松浪庄五郎は単なる油売りの行商人でなく、美濃の特産品の
一つである「エゴマ」を買い付ける「政商」というべき立場にあった>
 
 油売りから美濃の守護代になった斉藤道三の物語は、実は親子二代にわたる物語だった
…という仮説があります。
この仮説から、以下のようなストーリを考えました。

 道三の父・松浪庄五郎は灯油の原料であるエゴマの買い付けのため、美濃を訪れた。
次第に政商として発言権をもった庄五郎は、息子を長井家の養子とし、勘九郎と名乗る。
 その後、灯油の原料は山地の畑作物のエゴマから、平地の畑作物であるナタネに変化、
長井勘九郎の実家は没落する。実家の没落をきっかけに、美濃の古くからの土豪たちは
勘九郎を追放しようとするが、勘九郎は美濃の新たな産業育成に力を入れ、
民衆の支持を得る。土豪との争いごとに、長井勘九郎は、
西村新九郎、そして美濃守護代・斉藤秀龍(道三)と出世の階段を登りつめる。
進歩的な明智光継・光安親子は、道三の産業育成政策に賛同し、最大の協力者となる…。



41 :…ストーリ原案・その3…:2005/05/25(水) 16:08:17 ID:/YSTClP6
      (上記の続きです)
「国盗り物語」では、道三は光秀の師だったとされてますが、こんな背景があったとすれば、
道三が土岐家を乗っ取った人物であっても、光秀は道三を師として仰ぐことができたでしょう。

なお…「松浪庄九郎が美濃を訪れたのは、エゴマの買い付けのため」
「エゴマは美濃の特産品」というあたりは、資料的裏づけが全然ないんです(ニガワラ)
この辺りも含めて、このストーリ原案に妥当性があるのか、
皆さまのご意見・ご批判を頂きたいのですが…。


42 :ピノコ:2005/05/25(水) 23:28:27 ID:/YSTClP6
あちこちのサイト・掲示板巡りをしてますと、下記のような書き込みを見つけました。
2ちゃんねるの三国志戦国時代板の【常識を】本能寺の変の真相【覆せ!】(dat落ち)より

444 :政所執事 :04/07/06 00:33
基本的に本能寺真犯人は、
@信長体制が続いては、何かと問題があったりする人物。
A信長の死後、勢力を拡大できた人物。
の2つから考えていけばいいんじゃないでしょうか。
はっきり言って、光秀は単独犯ではありません。誰かと仕組んでいたようです。
《推測》
仕組んだ人→細川幽斎 (信長を排除し、室町幕府の再興を目指す)
加わる予定だった人→羽柴秀吉 (元々、天下を狙う気持ちがあったため、幽斎に唆されていた)
それを知っていて黙認→徳川家康 (基本的に信長の事を良く思っておらず静観)
この信長を排除する陰謀は、幽斎が秘密裡で進行中であり、その主力は光秀と秀吉。
しかし、まだ実施は先にも関わらず、信長本能寺滞在の報を聞き、光秀がこれ幸いと先走り信長を誅殺。
その後、幽斎は先走りした光秀を無視。知っていた秀吉は、転機到来とばかりに大返し。
家康は、その陰謀を知っていた為、ばらされては困る天下人秀吉とその後対等にわたりあえた。
家康もほとんど同罪なので、信長誅殺の経緯についておおっぴらにはできなかった。
(結論)→大規模な陰謀の計画中に、光秀の先走りが本能寺の変となった。



43 :ピノコ:2005/05/25(水) 23:52:56 ID:???
個人的には、この推論、気に入っています。
ただ…光秀が信長を先走って殺害したのは、「野心」のためでなく、
「信長への忠誠心」そして「己の美学を貫くため」と
考えたいですねえ。

長曽我部問題もあって、1581年あたりから信長との関係が上手くいかなくなった光秀。
その関係の変化を細川藤孝・足利義昭ら反信長連合は、光秀にこの陰謀を持ちかける。
しかし…周囲の者が考える以上に、光秀は信長に強い忠誠心を持っていた。

「もし、ここで足利幕府を再興するのなら…これまでの自分の戦いは無駄ってことかよ!」
「だからといって、この陰謀の件を信長殿に告げて、細川氏らを敵に回して戦ったとしても…
 あぁ、また戦の繰り返しか! 藤孝の頭蓋骨に箔濃にされるのか!」

さんざん迷い、ついに単独で信長を討つことで、信長と共に夢見た「革命」を成就しようとした。
光秀は信長を討った後は朝廷に工作し、秀満を征夷大将軍とし、自らは死ぬつもりでいた。

こうゆうのは、どお??
とにかく、ストーリ原案は、いろんな所から考えていきましょ。
合わせてキャスティングとか、音楽の希望なども、皆さんどんどん書いていって下さい。

44 :明智のみっちゃん:2005/05/29(日) 22:41:06 ID:0AvhIz+p
 dat落ち後、消息を絶っていたモノです・・・

 新しい環境で忙しい上dat落ちのショックで立ち直れず高野山をさ迷っていましたが、
先日、無事保護され帰宅。上洛してまつたけ館長の掲示板から転生していたことを知り参上しました。


>「孟子」
 つまり「易姓革命」というヤツですか?これはいいかもしれません。
家柄より実力を重視して、目立った働きをしなかった家臣は追放。逆に、多少問題があったとしても有能な家臣は保護する・・・
そういった考えでやってきた信長が最終的に、光秀に「これ以上の暴走はキケン!」と判断され倒されてしまう。そして、その光秀も滅びの道を歩む・・・
皮肉でもあり運命でもあるスジ運びだと思います。逆に信長に対し易姓革命を適応するにいたった光秀の心にも複雑なものがあったでしょうし。

 あとは秀吉との関係。私としては光秀と秀吉の関係を、信玄と謙信のように描きたいです。
互いの実力を認め合った仲ということです。本能寺の変は光秀から秀吉へのある種のプレゼントだったのかもしれませんし・・・
山崎の合戦は秀吉が、光秀が信長を敬愛の末に討ち取ったように、光秀に対し武人として理解を示していた結果なのではないでしょうか?
切腹するなら俺が介錯してやる!といったような…光秀の「自分自身が全部泥をかぶる」という思惑を察知し協力してあげたのも秀吉なのかもしれません。
そして、もう一人の協力者は家康。後に明智家を身内として結婚させたことにより天海の説が騒がれるほどですからね。辛抱の人といわれる家康にも思うところがあったのでしょう。

 もう一つ、放浪時代に堺で南蛮人と交流を持っていたというのはどうでしょう?
鉄砲の技術も彼らが習得しいたとすれば自然ですし、後に南蛮人から老眼鏡を購入していたという記録もあったらしいので。
そうすれば黒人奴隷のヤスケとの交流や、娘の細川がラシャが切支丹になったことへの伏線にもなるのではないでしょうか?
そして、欲を言えば、外国人勢力にも若干の影響を受けていたのかもしれません。「信長が天皇家を巻き込み、名実共にKINGになったら次は大陸に目を向けるに違いない!」という
南蛮人の懸念を察していたというのも「動機」のごく一部として組み込めるのではないでしょうか?

 というわけで、またボチボチやっていきます。

45 :明智のみっちゃん:2005/05/29(日) 23:01:20 ID:0AvhIz+p
>ピノコさん
 
 というわけで現役に復帰しました。
長い間、不在で迷惑をおかけしました。

 あとは、細川親子の心情の変化。筒井順慶の煮え切らない思い。
そういったものも大切にしていきたいです。マジメで律義者の光秀だからこそ、ついていくことにとも土井を感じたのも事実でしょうし。

 そして、佐久間親子や山中鹿之助の悲劇を耳にしていった光秀が「滅びの美学」に目覚めたのかもしれません。
”妻の死”により、精神的に行き場を失っていたのですからなおさら。「信長様も殺して自分も死のう。あとのことは秀吉や家康がうまくまとめるだろう。」という感覚で。
落城後の厳しい放浪生活、戦に明け暮れる日々、自分は病弱な妻を見殺しにしてしまったのではないかと悔やみ続けた光秀。彼は徹底的な自己否定に陥っていたのだと思います。
天下万民の安寧のための”天下布武”とうたい、僧侶や女子供を焼き殺している自分への苛立ち。それまでは「変革には犠牲は不可欠!」と割り切ってきた彼だが、妻の死と老いからくる虚しさに苦しむ。

 波多野家や長宗我部家の期待を結果として裏切ってしまった不誠実な自分への苛立ち。
自分がしてきたことへの疑問。足利義昭の暴走から信長の暴走…すべての混乱を招いたのは自分。
そんな心をうまく描けたらなぁと常々思っています。ハイ。

 次回は以前のスレで出たキャステングの安を元に再構成したものを書き込みたいです。


46 :ピノコ:2005/05/30(月) 00:10:20 ID:5ea6e1Vc
うわっ!!

明智のみっちゃん、復帰ありがd。
「もし、このまま誰からもレスがなかったら、自分も書き込みするのを止めよう」と、
敗北主義に陥っていたところだったんですヨ。

うれしい…(正直、「続・新選組!!」のニュースの何倍もうれしいデス。次の書き込み待ってますヨ)

47 :明智のみっちゃん:2005/05/30(月) 00:20:44 ID:KNjlqDwu
 しつこいですが・・・

 津本陽氏の「本能寺」に
「光秀は野戦の素人のただのインテリ武将」と書かれていたのですが・・・

 ものすごく腹立たしくなってきました。
一層、奮起してがんばりたいです。と初心表明。

48 :名無しの制作委員:2005/05/30(月) 01:03:29 ID:???
>みっちゃん

いっしょにがんばりませう

49 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/30(月) 01:19:24 ID:???
亀山城の石垣の件はどう説明するんだ?
それに、清州会議以降の奴の所業からみて、その秀吉は頂けん
信玄と謙信みたいな関係? 笑わせんなって

50 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/30(月) 02:01:16 ID:5ea6e1Vc
>>49
亀山城の石垣の件って何ですか?
初心者の質問でスマソ

51 :明智のみっちゃん:2005/05/30(月) 09:56:16 ID:KNjlqDwu
>>49
どうぞ笑いたければPCの電源切ってから笑ってください。

 無理があるのはわかってます。
だから書いたんです。「新選組!」でも勇と竜馬が友達!といった荒唐無稽な設定でしたが一般ウケしました。
「大河ドラマ」といった大衆向けである以上、
面白みを持たせるための妥協は必要です。歴史マニアが薀蓄をたれるためのものを作るためにわれわれが書いてるわけではないことをお忘れなく。

 どう説明するんだ?ってアナタ。それをムリにでもひねり出すのがココの趣旨なんですが…
こじ付けがキライならこれ以上ココを見ないほうをオススメします。

52 :ピノコ:2005/05/30(月) 12:46:17 ID:???
そ…そんなにキレナイで下さいよ、みっちゃま。

これまでワタシは名無しの制作委員さんといっしょに寂しい思いをして、このスレを守ってきたのですよ…
せっかく書き込みにこられた方に「ここを見ないほうをオススメします」なんて…
>>49さん、お気を悪くされたでしょうが、またのお越しをお待ちしています。

あと、みっちゃま…自分の思い通りのストーリを書きたいんだったら、それこそ最初から2ちゃんじゃなく、
ご自分で作品を創作されたほうがよかったでしょうに。
実は…2ちゃんに一旦書けば、著作権などは自分のものでは無くなるんですよね。
それでも、私がここに参加することを選んだのは、
「ネットの特性を生かした、新しいカタチの作品」を創りたかったから。
長い間、「謀反人」の烙印を押され、ドラマではいつも脇役だった光秀どのが、
ネットを通じて不特定多数の人々の力によって、新たな伝説を纏って甦る…
そんな奇跡が起こってほしいと思っています。
だから、いろんな人にここに書き込んでいただきたいですねえ。


53 :明智のみっちゃん:2005/05/30(月) 14:32:23 ID:KNjlqDwu
>ピノコさん
 すみません。いいすぎました。
私だってそういったことを見越してこの2ちゃんねるを選んだのです。
より幅広い意見が集まる場所になるよう心がけます。

54 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/30(月) 16:30:08 ID:???
戦国の忠臣蔵みたいに本能寺への討ち入りを最高に盛り上げて欲しいね

55 :ピノコ:2005/05/31(火) 00:00:06 ID:WysEg1h0
>>27さん >>54さん ありがとうございます。
「本能寺の変」「山崎の合戦」はドラマの中での大きな盛り上げ処ですね。
この部分の見どころ・ストーリ展開については、スレッドが祭り状態になるぐらい、
いろんなご意見を集めて考えたいですねえ。

56 :ピノコ:2005/05/31(火) 00:23:15 ID:WysEg1h0
ところで<明智のみっちゃん>の、
>>44「信玄と謙信のように描きたいです。 互いの実力を認め合った仲ということです」
…には、ワタシも反対です。光秀どのから観ると、秀吉は「おべっか使い」で「高い理想も志も無い俗人」に
過ぎなかったでしょうし、それ故、光秀どのは秀吉の長所や魅力(仕事の能力以外の面での)が、
全く理解できなかったんじゃないでしょうか。
そして秀吉にも光秀の良さが分からない…そういうライバル以前の関係にしてみるのは如何かと。

むしろ、秀吉と左馬之助(弥平次)との関係を史料や伝説などを元に、
しっかり描きたいと私は考えてます。

光秀どのライバルや親友としては「細川藤孝」や「吉田兼見」がいいと思います。
この辺りの人たちのキャラ設定や光秀との出会いなど、みっちゃまは、どうお考えですか?


57 :名乗る程の者ではござらん:2005/05/31(火) 01:08:02 ID:???
>>50
信長が仏を大切にしなかったという根拠の一つに、二条城建築の時に
石仏や墓石を砕いて石垣の材料にしたという話が、持ち出されるけど
実は、亀山城の石垣も同じように、石仏や墓石を砕いた石が、
多数使われている。
光秀は、信長同様合理的な思考の持ち主だったのかもしれないよ。

58 :ピノコ:2005/05/31(火) 22:09:20 ID:WysEg1h0
57さん…私もそう考えてマス。

ところで、皆さんにご相談したいのですが…「大河」の場合、どの程度までなら視聴者として、
「作者によるオリジナル・エピソードや創作キャラ」や「史実の独自の解釈」などは
許されるとお考えですか?
2ちゃんを観れば、「信長」「義経」などの作品における、オリキャラ・オリエピには批判が強いですねえ。

でも、光秀主役の場合、放浪時代や越前時代などは残された史料が殆ど無いし(特に放浪時代)、
この辺りは作者による空想に頼らざるを得ないんですよ。
しかも「本能寺の変」の動機のみならず、光秀どのの出生や光秀どのと秀満・光忠との血縁・姻戚関係などについて、
アイマイな部分がいっぱいあります。もちろん、ピノコ的には、この部分を自由に空想して書くのは大変楽しいけど、
受け手にとってはどうでしょうか。

もう一つ、困るのは…時代劇ファンの中には「お約束通りの展開」を期待する視聴者も多いんですよね。
しかし、今回の「ときは今」では「比叡山焼き討ちに光秀どのが反対する」「家康接待の際の、お魚腐っちゃった事件」とかetcは、
たぶん、企画意図から考えて使われないでしょう。
>>57さんがおっしゃるような「合理的思考をもった光秀どの」を、ワタシも描きたい…
しかし、それがどこまで視聴者に受け入れられるかを、2ちゃんの人達に自分の意見として伺いたいのですが…

59 :F:2005/06/01(水) 01:25:13 ID:YfUSuaSs
初めて書き込みさせていただきます。
「光秀を大河で!」との趣旨に賛同する者です。
明智家記より参りました。2chは初心者ゆえ、失礼な点等はご指摘ください。

さて、ピノコさんの提起された問題について、私見を述べます。
@オリエピ(史料を基礎としない作者の創作の出来事)はあまり好きではありません。オリキャラは不要と考えます。
光秀について言えば、大部分を空想に頼らざるを得ない美濃・放浪・越前時代はあまり描かないでほしいと思います。
そうしたものがなくても充分面白いものが作れるように思うのです。
基本的に史実はそれ自体ドラマとして面白いので。。
A史実の独自の解釈は、ある程度信頼できる資料を基に想定しうる範囲であればよろしいかと。
というより、「お約束通り」なら新たに見たいとは思いません。
ちなみに、光秀は「保守的」「教養人」「理想家」というイメージでとらえられることが多いように思うのですが、
個人的には、一戦国武将として、俗っぽくて野心的な面を出してよいように思うのですが、如何でしょう。

60 :ピノコ:2005/06/02(木) 13:53:07 ID:DyTW+ZWw
>>57さん、レスありがd

他にもいろんなご意見を聞きたいナ!

61 :オイ! 今日は「本能寺の変」の日だぞ:2005/06/02(木) 22:01:06 ID:???
時は今、天も下しる、五月かな

      \∧_ヘ     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ,,、,、,,, / \〇ノゝ∩ < 信長の首 取りいくぞゴルァ!!       ,,、,、,,,
    /三√ ゚Д゚) /   \____________  ,,、,、,,,
     /三/| ゚U゚|\      ,,、,、,,,                       ,,、,、,,,
 ,,、,、,,, U (:::::::::::)  ,,、,、,,,         \オーーーーーーーッ!!/
      //三/|三|\     ∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ∪  ∪       (    )    (     )   (    )    )
 ,,、,、,,,       ,,、,、,,,  ∧_∧∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ,,、,、,,,       (    )    (    )    (    )    (    )



62 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 04:04:42 ID:7kvbyQWl
藻前ら肝腎の事を忘れているぞ。
明智光秀公は斉藤道三候の息子で、
お濃の方の兄だったことが証明されておるぞよ。
鹿島昇先生と佐治芳彦先生の著作をキチンと嫁。
この二人の功績は師である高柳先生を超えているぞ。
だからこそ、藍より青い、脚本をキボンヌ!!


63 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 05:19:36 ID:???
>>62
詳しく

64 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 05:58:09 ID:c9jqTME3
>>62
鹿島も佐治も、八切と同じで、ある意味トンデモ系の類じゃねーかよ。
どうせ、八切みたく、新五の待遇云々で信長に恨みを持っていたお濃も
実は本能寺の変の黒幕の一人で(だから彼女の記録も光秀同様少ない)と、
いう流れを期待しているんだろ?

65 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 12:38:55 ID:???
>>60
根本的に、本能寺の変についてはどう思っているの?
光秀が率先して変の計画を進めていくのか、そうせざる負えなくなっていくのか、
はめられていくのか…

それから、フィクションの範囲だけど、織田家内での軽いお家騒動みたいなことや、
(信雄の信忠への態度や(第一次伊賀攻め失敗時の激怒書状や、武田攻め後の4月に
諏訪大社へ領主でもないのに、信雄からの禁制がなぜか出ている。)
勝長が戻ってきたことでの波紋)
水面下での家臣団の軋轢(信長派と信忠派)を要素に入れるとおもしろいかもと。
光秀は、信長からの密命もあり、常に中立の立場に立ちその間の調整役で、
合理的に処理していくが、変な誤解を招き苦労するとか…

66 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 13:51:57 ID:s9HBThKS
家臣団の軋轢とは何か史実がありますか?

信忠は、信長の後継者として十分自覚しており、だからこそ岐阜と安土と
別々に住み何年かすれば家臣団が2派に分かれるのは自然な事だとおもいます。
気になります。

67 :明智のみっちゃん:2005/06/03(金) 15:43:09 ID:+/T0a3Xk
 どこまで視聴者に妥協するか?ってことですが・・・
結果的に、そう解釈されても仕方がないなという運びにすればいいのではないでしょうか?
例えば、「叡山攻め反対」に関しては、お寺に身を寄せていて、顔見知りのお坊さん多かった光秀を描く。
しかし、信長の「改革」を追行する必要があると考えてる以上、犠牲はやむをえないとも半面で割り切っている面もある。
その葛藤をうまく表現できないでいる彼の姿を描けばいいのではないでしょうか?

 「お魚腐っちゃった事件」の描き方も一工夫・・・
信長は毛利攻めのプロセスとして「戦は秀吉、平定は光秀」という計画が念頭にはあった。
秀吉がうま〜く役をあたえるため、信長に「こっちきてくださいよ。」といってきているから自分も大将として行ってやらね互いの顔が立たない。
だが、秀吉の軍勢に自分が加われば毛利も落とせる。が、先のことをとりあえず任して自分は安土に戻らねばならない。
そこで先に頼りの光秀を派遣しといて、自分はさっさと役を済ませて秀吉と凱旋する。あとの処理は有能な光秀にさせるためにも早めに送って地盤固めをさせる必要がある。
そこで、いわゆる「領地召し変え」を宣言し、理想の高いアイツのことだから、より一層奮起する意欲がわくだろうと信長は考えた。

 しかしながら、中国地方へ行かせる口実がない。家康の接待役に抜擢してしまったし、困ったな。
そこで、奇抜な発想で人を驚かせるのが大好きな信長は一芝居うつ!家康もろもろ武将のいる前で自分を怒らせるとコワいんだぞ!というパフォーマンスを見せたかった。
そして、光秀に「秀吉の加勢だ!いってこい!」と命令。だが実は、あとで下知としてわたされた書簡には、信長の真意が記されていた!というのはどうでしょうか?
本能寺へ来る際に朝廷と「暦はおれの地元の三河標準にしろ!」といったことなど、朝廷との軋轢ももはやピークだなと感じた光秀は、その信長の書簡を破り捨ててついに行動へ出る!
というのはどうでしょうか?以前、上杉家などに自分が信長を殺すといった内容の書簡を本能寺の一週間ほど前には送っていた?というのを聞きましたが、
自分が言い出してしまった以上後には引けないというのもあったのかもしれません。

68 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/03(金) 23:51:47 ID:???
少年漫画における光秀の扱いで俺的にインパクトのあるのはこれ。
その1
宮下あきらの「バラモンの家族」
信長は邪教集団魔修羅と結託していてその力で天下を狙う。
それを察知した破邪の集団バラモンは明智光秀を操り本能寺で信長を葬る。
光秀は「信長の首を取れ」と言いながら心の中では「なぜわしが主君の信長様を討たねばならんのだ。だが体が勝手に」と思う。
はっきり言って光秀はとばっちりを受けている。本当かわいそう。
その2
椎名高志「GS美神」の劇場版。
ここでは信長は最強最悪の吸血鬼で光秀は実は戦国時代の悪霊払いだった。
光秀は本能寺の変にかこつけて信長を封印した。

69 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/04(土) 00:46:49 ID:???
レスがつかないっていうから意見出したのに、礼も言わないわけー?
ここは同人スレですか?


70 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/04(土) 01:17:08 ID:???
>>64
馬鹿だなお前。内部告発本でも売るためには半分はトンデモネタを入れないと
売れないじゃねぇかよ。それともお前が吾郷先生の様な100%マジメなネタを
出してくるなら、荒らしでないと認めてやるよ。

71 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/04(土) 04:32:26 ID:gifcwqCF
>>66
>>65には、フィクションの範囲と書いてあるのだが…
軋轢があったかについては、記録が残っていない。あくまで推測ないし
妄想だろうと思う。しかし、かといって全く史実に反しているというのも
早計のような感じもする。残念ながらというか、歴史は勝者が残す。
しかも、己の都合が良いようにね・・・。

>>70
なぜ、>>64程度の書き込みで、荒らしとなるのかがわからないのだが、
そこまでいうのなら、光秀が濃姫の兄と認められた(学会でもか?)経緯について、
まずは教えてくれないか?

72 :ピノコ:2005/06/04(土) 09:25:29 ID:2LNbJwwW
書き込みが増えて、ピノコ、うれしい悲鳴でちゅ。

いわゆる「トンデモ」ネタの件ですが…
「トンデモ」が、皆で議論している内に大化けして「名案」になる可能性だってありますよ。
また、何をもって「トンデモ」とするかは人によって微妙に違うところ。
「武功夜話」や「明智軍記」なども「全然信用できないから用いるべきでない」と
考える人もいるでしょう。
だた、ここは史学のサイトではなく、「(大河)ドラマを皆で創ろう」ということを目的としたスレッド。
視聴者でもある皆さんにとって、「実際、放映されると面白いか(許せるか)」が基準になると思います。

みっちゃまは>>67で、「視聴者にどこまで妥協するか」って書いていらっしゃいますが、
明智のみっちゃまも、ここでは「視聴者の一人」として「こんなドラマが観た〜い」って立場で参加されてるから、
「視聴者に」妥協も何も無いと思うんだけど。ただ「自分がイイ」と考えたことが
他の嗜好や考えをもった人にも「面白い」と受け取ってもらえるかが問題なワケで、
その点、2ちゃんは、ちょっとマニアックな視点は多いけど、いろんな意見を知るのに、いい手段だと考えてます。

73 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/04(土) 16:39:25 ID:???
信長と光秀の付き合いって短かったな
10年ちょっとか。 光秀は諸国行脚してたらしいからそっちもみたいな

74 :明智のみっちゃん:2005/06/04(土) 17:34:10 ID:SL702jxf
 わき目もふらずに改革を断行してきた自分が「何を得て、何を失ってきたのか?」そう振り返るたびに心を痛める彼の姿。後半は、よき伴侶であり理解者である奥さんも病死なさるので、
なお、自己の哲学にのめりこんでいくことになります。「自分はこの国に秩序を与えるためにやってるだって?後の世から見れば光秀のやらかしたせいでもっと悪くなったんじゃないか!」といわれる不安など・・・。
つまり、足利義昭のことなど「自分はよかれと思って今までのことをしてきたが、結局のトコ、更なる混乱を招いただけなんじゃないか?」という自信喪失。これに、同時進行で進んでいた朝廷などの「信長暗殺計画」。
当初は、秀吉に並ぶ家臣の自分とは無縁と思ってきたが、じょじょにその不穏な動きに耳を傾けるようになり、「堂々巡りを繰り返す世の輪廻を断ち切れるのならば…」と、「改革の改革」を光秀は考えうようになり、
志が高いがゆえの激しい自信喪失と自己否定。公家と武家の権力の分裂および、この国の行く末を思う気持ちと自分のせいで起きてしまった世の混乱への彼なりの”清算”の方法。
そして、「織田信長」という敬愛すべき天才を”英雄”として後世に語り継がせるため。暴走や国の分裂が生じる前に、自分が「よくしてくれた君主を討つ、腹黒い逆臣」という汚名をかぶることで、信長の偉業をさらに際立てる”影”の役回りを演じる。
くしくもこの語の混乱を収拾できるのは自分とは相反するタイプの秀吉。しかしながら、同時に「悔しいけど、あの野郎ならウマく人心をつかんで処理していけんだろうな。」という存在があったからこそ「本能寺の変」を起こせた。
秀吉のような有力勢力がなければ、彼も「本能寺の変」を起こさなかったと思います。なぜなら、また自分のせいで暗い歴史を繰り返してしまう恐れがあったからです。

75 :明智のみっちゃん:2005/06/04(土) 18:20:43 ID:SL702jxf
 
 創作キャラの是非ですかぁ・・・
これは「あってもいいが、なくてもいい!」ですね。うーん中井貴一のセリフじゃないか!これじゃ!
ただ、あまり深く介入させるとウサンくさくなりますから「新選組!」の捨助みたいなキャラにはしたくありませんね。
もし、いたほうが個性が出るじゃないか!という意見があるならば「長兵衛」と「天海」をだしてみたいかなぁ。

 長兵衛はおぐるすで光秀を刺し殺す農民ですが、彼と光秀は放浪時代からの知り合いにするのはどうでしょう?
戦で親兄弟を目の前で虐殺された過去を持つ百姓の長兵衛。その生い立ちを知り心を痛め共感する光秀。そして、安寧の世を懇願するようになる…
「武士の中にもいい人がいるなぁ。」と感銘を受ける長兵衛だが、比叡山焼き討ちで光秀が世話になったお坊さんたちを殺していることを知り落胆。
一度は武士を信じてやろうと思った彼だが、「どうせ武士はみんな同じだったのか!」と激しく憤り、落人狩りの頭になっている。
そして、おぐるすで運命の再開!いつもの通り負け戦の将に狙いをつけていた長兵衛。いざしとめてみると光秀!サスガの彼の中にも複雑な念がよぎるが殺害する。
そんな彼に「今ここで殺してくれたほうがうれしい。お前に殺されるなら本望だよ。」と光秀に言わせるとか?その前に信長も「是非に及ばず!」と言うのでいいかなぁ?

 あとは天海!
えぇええ!と思う皆さん。光秀と別人の天海です。天海説では「殺された光秀は影武者」というのが定説ですよね!しかし、そのまんまのオハナシじゃつまらない。天海になるぞと匂わせつつ
「殺されたのはやっぱり本人」といういい意味での「期待の裏切り」要素が欲しいですね。「影武者徳川家康」みたいですかねぇ?逆説の逆説を用意すれば、一年間見てくれた人には意外性というプレゼントがもらえます。
お寺に身を寄せていた頃に光秀と知り合うお坊さん。光秀に僧になることをススメるなどする。叡山攻めの際は光秀の配慮で生きながらえる。本能寺後は明智家に同情する徳川方に召抱えられる。
光秀の無念や痛恨の念を知る彼が彼をしのび、今に残る逸話の根拠を残していたとすれば…

 まぁやりすぎには禁物ですからね。蛇足と言われればヤメますケド・・・

76 :明智のみっちゃん:2005/06/04(土) 18:32:43 ID:SL702jxf
 「放浪時代」を描き方についても一言・・・

 第1回を「坂本城の主」というタイトルにして城主就任からスタートさせるのはどうでしょう?
つまり全盛期です。以前、引き合いにナポレオンを出しましたが、元ネタのフランス映画がありまして、これがナポレオンが士官から出世する話ではなく、戴冠で始まりその後の没落と死を描いているんです。
こういう「滅びの美学」をドラマのテーマの一つにしたいんです。

 そして、毎回ふとしたデキゴトや発言で過去を振りけるのはどうでしょう?
城下の琵琶湖を眺めながら家臣と裸一貫だった頃の苦労話をするシーンから回想シーン人はいるなど。
現在進行形の「今」と「昔」をコレをからめながら描けばコントラストを提示し、よりドラマ性が浮き彫りになると思います。

 信長の「改革論」に酔いしれた自分が、今はその男の暴走を恐れている…
百姓やお坊さんのお情けで放浪生活を支えられてきた自分が、今は寺を焼き民を殺してるなんて…

 そんな運命の皮肉にさいなまれる知識人の光秀の葛藤。
なんか山南先生を彷彿とさせる役回りでウケるのではないか?と思っています。
ただ、あんまり時間軸を複雑にいじくると難解なドラマになるので、こちらもやりすぎは禁物ですね。

77 :明智のみっちゃん:2005/06/04(土) 19:16:46 ID:SL702jxf
 色々やりながら書き込んでいるので文章がめちゃくちゃですね。
すみません。そしてまた連続で書き込んでます。重ね重ねすみません。

 オープニングは水戸黄門の葵の御紋のように桔梗の紋がバーンとでてくるんでしょうかぁ?
脚本はジェームズ三木さん。音楽はmusashiのエンリコ・モリコーネさん。なんて豪華!絶対にありえませんね。

 キャスティングを考える前に結局、出る人は誰か?をまず、みなさんと決めたいです。

78 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/04(土) 19:44:46 ID:NIMrWkUC
>>1
この板ではなく、まずは三戦板でやった方が、いいのではないかな?
(類似スレあり)
あの板の方が、光秀や周辺人物に詳しい椰子たくさんいるし、
有意義な意見も聞けると思うぞ。

79 :名無しの制作委員:2005/06/04(土) 20:13:30 ID:2LNbJwwW
三戦板には、案内を貼り付けておいた…
あんまり板を転々とするのはねえ。
あと、2ちゃん以外の明智光秀関連の掲示板にも、案内はしてある。

80 :織田ののぶちゃん:2005/06/05(日) 03:14:09 ID:Gf6JvsUT
申し訳ございません。
諸事情により、しばらくインターネットを利用できない環境にあり、参加することが出来ませんでした。
今日から使えるようになりましたので、再び参加させて頂きます。

81 :織田ののぶちゃん:2005/06/05(日) 04:16:19 ID:Gf6JvsUT
一読させて頂きました。
私の考えを述べさせて頂きます。

>>58
オリジナルのキャラクター、エピソード、新解釈がどこまで許されるか。
個人的な好みとしては、架空人物を使うことはあまり好きではありませんが、
物語の中での役割がしっかりしていて、「何のために存在したのか分からない」
ということにさえならなければ、許容されると思います。
歴史ドキュメントではなくドラマである以上、必要以上に史実に縛られることはないでしょう。

>>67
比叡山焼き討ちの描き方。
光秀が叡山攻めの前に、周辺の土豪を懐柔する裏工作を行っていた文書があるようです。
つまり光秀は、積極的に叡山攻めを推進する立場にあった。
こうした事実と「叡山攻めを止めるよう進言した」という一般的なイメージとを
両立させるには、信長に懐柔工作を命じられた時点で反対した、とするのがよいでしょう。
しかしそこで、信長から叡山攻めの真意を説かれ、光秀は、天下布武のために
必要なことと納得する。そして、叡山攻めを推進することになる――。
このような描き方はどうでしょうか。

82 :織田ののぶちゃん:2005/06/05(日) 04:39:33 ID:Gf6JvsUT
>>59
史実はそれ自体面白いということも仰るとおりですし、基本的に大河というものは、
歴史上のエピソードに多少のアレンジを加えつつ描いていくものだと思います。
ただ、今回は光秀を主人公として描こうという趣旨ですから、
前半生に全く触れないというわけにはいかないでしょう。
歴史の表舞台に立って以降の光秀をしっかり描くためにも、
前半生をしっかり描いて魅力的な人物造形をする必要があると思うのです。
そのためには、前半のオリジナルエピソード中心のパートと、
後半の史実をベースにしたパートとの間に一貫性を持たせ、
筋の通ったストーリーになるようにせねばなりません。
それがこの企画の一番難しいところでしょう。

83 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/05(日) 04:51:28 ID:???
>>75
光秀≠天海説はいいアイディアだと思う。
光秀=天海説の作品は既に20年前に早乙女貢さんが描いている理由もあるが。


84 :明智のみっちゃん:2005/06/05(日) 10:17:28 ID:zKWBCunp
>織田ののぶちゃん

 おぉお久しぶりですぅ。
そうですね。光秀も堕落した僧の実態に苛立ちを感じていたのもまた事実だと思うんです。
それに当初は、光秀の世話になったお坊さんたちはまだ引き合いに出てこなかったのかもしれません。
これを機会に善良なお坊さんはピシッとしてくれるだろう。と考えていた。が、信長は根絶やしを命じるわけです。

85 :名無しの制作委員:2005/06/05(日) 23:01:24 ID:UE5DDfJK
織田ののぶちゃん、お久しぶり〜

オリエピの件で私見をひとこと。
小説やドラマにおいて、リアルなキャラクターを造形したいなら、
その人物の過去・趣味や私生活の裏のウラ・体質や遺伝子まで考えろってのが、
ピノコの主義らしい(笑)。まあ、シナリオ入門みたいな本には確かにそう書いてある。
ピノコの香具師は、そういう訳で、必死こいで>>37>>41に、自分の妄想を書いている。
明智光秀の生い立ちやなんかは、他にもいろいろ考えられるので、
ピノコの妄想に突っ込み入れながら、史実や他の戦国小説を元に
いろんな仮説を皆で考えるコトだな。

86 :名無しの制作委員:2005/06/05(日) 23:04:50 ID:UE5DDfJK
おっと間違い…>>34から、すでにピノコの妄想が書き込んである(笑)


87 :ピノコ:2005/06/06(月) 11:24:42 ID:IkPU7vHj
織田ののぶちゃん、復帰ありがとうございます。お元気でしたかちんもく?

>>85 >>86 …(沈黙)…

88 :ピノコ:2005/06/06(月) 11:33:55 ID:IkPU7vHj
明智光秀の生い立ちについて…何でピノコはこんな憶測・妄想をしたのか??

明智光秀の出自については諸説あります。中には若狭の刀鍔職人の息子とか…
出自不明の人間で、出世欲が強く、没落した明智家の家系図を手に入れて、
勝手に「土岐一族・明智家の者」と名乗ったことにしてもよかったのですが…
光秀どのの教養の高さなど考えると、やはりそれなりの名家の生まれのように思われますし、
とすると、「土岐一族・明智家の者」という出自は信頼していいと思うのです。
但し、「嫡男ではなかった」「城主にはなれない立場だった」…のではないか。


89 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/06(月) 11:42:12 ID:IkPU7vHj
1556年の明智城陥落の際、光秀どのは28歳。すでに城主となっていても不思議ではない。
なのに叔父上の光安どのが城主(城代)だったという。なんで??って思うんですよね。
で、叔父の光安どのから、光秀どのにとっては甥に当たる光春・光忠の後見を頼まれる…
とすれば、光安ー光春ラインが嫡流で、光綱ー光秀ラインは庶流ではないか…
そんな考えが浮かんだのです。

90 :ピノコ:2005/06/06(月) 11:59:28 ID:IkPU7vHj
おっと…>>89で、ハンドル名を入れるの忘れてた(「中の人の性格は『うかつなでじこ』と言われるゾ)

もう一つ、光秀どのの性格から、「何だかの挫折を少年時代に体験している」と感じたからです。
例えば、西郷南州翁は、10代の始めに腕を怪我して剣が使えなくなり、それから学問にいそしんだ…
そして、「大事を成したい」と考えた少年時代の西郷どのは、徹底的に禅の修行に打ち込み、
「私」を捨てることによって「天命」に従おうとした…
それと似たことが光秀どのにもあったのじゃないか?

実際、西郷どのも光秀どのも、「大陰謀家」の顔を持ちながら、「人民思いの誠の人」という
二面性をもっていらっしゃる。そして「陰謀」を好むのは、己の欲望のためでなく、「革命」のためですね。

そんなコトから、「10代半ばまで、自分が城主になれる=嫡男だと思っていた、しかしそうではなかった」
という設定を思いついたのです。


91 :ピノコ:2005/06/06(月) 12:33:21 ID:IkPU7vHj
あと「三宅弥兵次」と光秀どのの関係ですね。
私は「三宅弥兵次(後の明智秀)」イコール「明智光春(光秀の甥・光安の息子)」
という設定にしたいです。

明智城落城まもない頃は、光秀どのは「明智家再興」「明智城復活」を人生の目標にしていた。
甥の光春に対しても、光春こそが明智家一族の長であると考え、自分は目下のように振舞っていた。
しかし、いろんな経緯があって、光秀どのが朝倉家家臣となった、
光秀どのにいろいろ恩義を感じている光春どのは、光秀どのを明智一族の長として立て、
自分は遠慮して妻の姓である「三宅」姓を名乗ることとした(つまり光秀の長女を妻として迎える前に結婚していた)
こういう設定にしたいんですが…

どうでしょうか。


92 :ピノコ:2005/06/06(月) 12:41:32 ID:IkPU7vHj
あと悩んでいるのが、斉藤利三の設定ですね。

・斉藤利三の母は光秀の妹という説がありますが、そうなる年齢が合わない(笑)
 お母さんはわずか6歳で子どもを産んだことになる。

・斉藤利三と、石谷頼辰と、長曽我部元親の正室との関係が分かんない。
 長曽我部元親の正室が斉藤利三の妹とされてますが、「石谷頼辰の妹」と書いてあることもあります。
 斉藤利三は、もともと石谷家の人で斉藤家に養子に入ったのか? それとも斉藤利三の妹が石谷家の養女となったのか…

93 :ピノコ:2005/06/06(月) 12:48:56 ID:IkPU7vHj
分からんついでに言えば、明智光忠。
光秀どの甥なのか、百姓出身だったのを、光秀どのの父・光綱が家来として取り立てたのか?

はっきり言って、光忠。弥平次は、シナリオ設定上、「甥」とするのか「家来」とするのか
はっきりさせないと、言葉使いとか席順とかが違ってくるので、
正直なハナシ、「本能寺の変」の真相の推測以上に重要なことだと思う。

…それともドラマの最後に「明智光秀の出自には不明な点が多く、このドラマにおける出自や血縁関係などは、
必ずしも事実ではありません」というテロップをつけるべきではないか??
と考えるピノコであった。

94 :明智のみっちゃん:2005/06/06(月) 20:37:05 ID:i8+vLqoC
>ピノコさん
 三宅弥平次はそれでいいと思います。おおむね、私もそういう風にしたいと思ってました。

 明智光忠や斉藤利三は難しいですよねぇ・・・
どの説を採ったとしても、ファンの論争は絶えなくなるのは必須です。
ですから、非常に身勝手ながら、いっそ全部「血がつながってる説」を排除してしまったほうがいいかもしれません。

 落城の際や放浪の際に、拾われた子供とか。そういう身分のものをとりたてたとか。
そのほうが光秀の心の深さや民衆との心のつながりを演出できますし。そうしてもらった者たちが必死に光秀に尽くす姿。
それらがより「崩壊のへの美学」に輝きを与えるような気がします。

95 :ピノコ:2005/06/06(月) 22:25:46 ID:IkPU7vHj
>明智のみっちゃまへ

「斉藤利三」さんは、ぐぐったらスグ分かりました。
1534年生まれ(光秀どのより6歳下)。美濃斉藤家の生まれ。
(斉藤道三の「新」斉藤家ではなく、美濃守護代を務めてた「旧」斉藤家の出身)

で…長曽我部元親正室が斉藤利三の妹である件なんですが、
利三のママの再婚先が土岐一族庶流の石谷家で、そこで生まれた娘さんでした!



96 :ピノコ:2005/06/06(月) 23:01:50 ID:IkPU7vHj
あと…明智のみっちゃまに、あえて異論を申し上げます。

みっちゃまは光秀どのの後半生を「暗いもの」として考えていらっしゃるようですが、
私はむしろ、後半生になってから、「自分の人生に満足し、感謝していた」と考えてたんですが。
ピノコ的憶測によりますと光秀どのの前半生は…
 ・幼い頃、産みの母と死に別れる。ついで父親とも死別。
 ・明智城の叔父夫妻の元でしばらくは落ち着いた、幸せな少年時代を送るが、やがて自分は城主になれないことを知る。
 ・斉藤道三や快川和尚との出会いにより、「自分の主君は『天』」と考え、学問や武術の修行に励み、足利家の足軽などを務めるが、
  斉藤道三が討死し、明智城も落城。地位とかコネとか財産とかを一気に失う。
 ・斉藤義竜の妨害により、正式に仕官することはもちろん、定住すらままならない、命を狙われている?
  で、放浪生活(というか、潜伏・逃亡生活に近い)を余儀なくされる。
  (この時、光秀一行を追跡・監視し、命さえ狙っていたのが、義竜の命を受けた斉藤利三なわけ)
 ・ようやく、越前で定住することになるが(土佐で斉藤利三と再会、斉藤利三がとりなしてくれた)
  朝倉家より捨扶持をあてがわれる生活。寺子屋の教師をしながら、志と違いすぎる人生に落ち込む…

こんな感じだと、妄想してます。
で…まだこの辺りのストーリは、こちらには書いてませんが、
 ・越前で暮らすうちに、「海の向こうの世界」「海運を利用しての外部との貿易」に関心をもつ。
  (明智軍記に、このエピあり。「モンゴルはここから見えるか」と尋ねたり、アイヌとの交易に興味をもったり)
  そのことからやがて、「現在の日本の主権者=元首は誰だ?」という問題意識をもつ。
 ・朝倉家でしかるべき役職地位を得たいと考え、一向一揆の鎮圧部隊に志願する。一向一揆の制圧に成功、
  高位を得る。
で…やがて足利義昭の幕臣となり、信長の家臣となり…上り坂の人生を迎えます。

97 :ピノコ:2005/06/06(月) 23:17:16 ID:IkPU7vHj
たしかに妻と死別するなど、悲しいこともありました。
でも、みっちゃまは嫌がるでしょうが、この後、妻木家より新たに妻を迎えているんですよね。
娘婿の荒木村重の謀反も辛いことだったかもしれない。だけど、このことで嫁いだ娘が帰ってきて、
うまい具合に、弥兵次の妻に納まってくれた。

家族にも家臣にも恵まれ、領民にも慕われ、特に丹波では自分の理想の政治が実現できた…
そういえば、子どもの頃は実の父母にも養父母にも、いろんな不満や恨みを抱いたけど、
自分が親となってみれば、親の恩がよく理解できるようになった…
さんざん辛酸をなめたが、その度に助けてくれる人・支えてくれる人がいたなあ…

自分の幸せを実感するとともに、周囲へ感謝と思いやりの気持ちをもち、
ますます情が深く、徳が高くなっていく光秀どのの後半生。
こんな描き方も可能ではないでしゅか??

98 :明智のみっちゃん:2005/06/07(火) 09:58:45 ID:tLLn9q9E
>ピノコさん
 あぁいいですね。そういうのも。
周りが暗くなればなるほど、中から明るくなっていかなければ生きていけない。

 前半期の暗いできごとは、本当に彼にとってショックの連続だったでしょう。
ただ、自分が満たされていく過程で満足や周囲への感謝の念が高まったのも事実でしょう。
「もう自分には思い残すことはないな。」という一種の悟りの境地を開いていたのかもしれませんね。
情が沸いてくるうちに、今までの自分のやってきたことが何なのか冷静に過去を振り返るようになった。
 
 私の言う「暗い」は何もノイローゼという意味ではありません。
「もうこれでいいかな。」という満足から来るあきらめなのだと思っていました。

 新しい妻の件ですが・・・
いないほうがドラマとしては際立つでしょうが、いたらいるで光秀の心の深さをまた別の視点で描けるので、それもありだと思っています。
どちらがいいかは難しいところですね。それか新しい妻にも光秀やヒロコさんと以前から何かしらつながりがあったりなんてドラマを本筋とは邪魔にならない程度に作るのもいいかも知れません。

99 :まったけ:2005/06/07(火) 20:16:34 ID:???

 423年前、我等が明智光秀公が織田信長を討ち果たし、天下人としてこの国の采配を振るっていた本日に復帰を致します。

 今年の大河ドラマ『義経』を見ていると敵役がいないのですね。源氏からすれば、最大の敵役である平清盛入道が、源義経の育ての親と
なっていました。さらに宗盛・知盛・重衡らに至っては兄弟!?。
 後白河法皇は、むしろ平家の敵役でした。強いていえば、兄・源頼朝が、今後はその役を引き受けるのでしょうか?

 沈黙の間、色々と考えました。
 そこで、閃いたのが明智光秀公に主役でありながら「ヒール」を演じてもらうのはどうでしょうか?

 ただ、ヒールといっても、明智城落城からは、臥薪嘗胆の放浪の日々。
 そして、足利義昭・織田信長に臣従してからは、虎視眈々と天下を狙い続ける。合理的かつ伶俐なヒールです。
(しかし、家族や家臣に対する情は深い。)

 もちろん、自らの野望は表立っては口には出さずに、黙々と鉄砲隊の組織化や近江水軍の支配等の軍事力の強化や堺衆との交流等に策謀を行い、
「ときは今」と京都と丹波国の境界・老ノ坂峠(注:1)で旗揚げを行う。

 最近の大河ドラマは、某週刊少年漫画誌のように人間関係を情的(特に友情の強調が多い!)に描き過ぎる傾向を感じます。
 敢えて、明智光秀公でやってみませんか?
 脚本家にとってもやりがいがあるように思いますが・・・。

 長い沈黙の後、突拍子もない提案・・・。ご容赦下さいませ。

(1) 旗揚げを「老ノ坂峠」にしたのは、土岐源氏の先祖であり、摂津源氏の始祖・源頼光が「大江山の鬼退治」を行った土地だからです。
   (大江山を京都府北部の加佐郡大江町とするのは誤りです。)
    また、足利尊氏(河内源氏)が、北条得宗家(平家)に篠村八幡宮(京都府亀岡市篠町)で旗揚げした後に、老ノ坂峠を進軍して六波羅を討ちました。

100 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/08(水) 00:04:15 ID:???


            ィ─;;;-..-..--、
           ,,...-= ̄ /::::::::::〈
         /      ̄ヾ、::::::ヽ 
         /         |::::::::::| 
         |          |:::::::::ノ  
        〈ミ=、 、-ー^    レニY
.         〉=/ ,z=-     ト ,ノ
         lミ(__、       ├'
.         l;ミ==、_      ハ
         l;ミ⌒     /|;;L
          >ェッッッ=ッ''" /::::::'、
       ,...-'"::::|:|彡''" /'::::::::::::::ヽ、
    ,...-'":::::::::::::::|.|'"  /'::::::::::::::::::::::::::::ヽ、
.   /::::::::::::::::::::::::::|.! /'::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ、
   /:::::;┐::::::::::::::::::|,レ':::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ、
.  /:::::::∪::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ:::::::::::::::::::::::::

100レス目おめでとうでござる。
まったけ殿の復帰、ありがたいでござる。

101 :ピノコ:2005/06/08(水) 23:57:41 ID:???
おっと…>>96で、「寺子屋こ教師」なんて、無教養マルダシの日本語書いちゃったw
正しくは、「寺子屋の師範」かな??
というより、「寺子屋」って言葉じたい、まだ無かったかもしません。
(光秀どのが、お寺で僧侶や百姓の子どもに読み書きを教えていたという伝説はありますが…)

ホカにもいろいろ書きたいが、疲れて眠いので日本碁がくるぴそう…vv別の日にあらためて

102 :明智のみっちゃん:2005/06/09(木) 13:16:58 ID:NeVPrM+Q
>ピノコさん
 そういえば「武蔵」で市川海老蔵も、チビッコに「いろは」を指南してましたね。(笑)

 では、この辺で「出すべき登場人物」の整理でもしていきましょうか・・・
必須の人物はもちろん「この家臣出せ!」「この武将も出せ!」という意見お待ちしております。
最終的にはキャスト表のようなものができるようになるといいと思うのですが、どうでしょう?

103 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/09(木) 14:31:00 ID:mAEAisvZ
>>102
話の主軸すらできていないのに、なんでも有り的に意見求めるのは如何なものかと。
まずは、出すべき人物をそっちで提案してもらわないと、意見のしようがない。
これは、キャストに限らず、主なストーリーもそう。
意見を出し合って決めていくのは良いと思うが、
まずは、本能寺と彼の最期をどう書きたいのか?をある程度固めていった方がいいのでは?
それによって、変を起こすまでの光秀の描き方もかなり変わってくると思うから。

それから、変に良い人っぽい秀吉や家康はもうお腹いっぱい。

104 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/09(木) 20:45:50 ID:???
>>103
やめとけ、同人感覚なんだからさ
指摘されれば、クルナ扱いするような椰子には何を言っても無駄

105 :ピノコ:2005/06/09(木) 21:46:30 ID:aUF4yZG0
>>104さん
同人感覚っていうご指摘、ありがとうございます。
…何とかこの体質は直したいです。
  反  省  !


106 :ピノコ:2005/06/09(木) 23:03:06 ID:aUF4yZG0
「本能寺の変」については
>>8 >>9 >>10 >>12 >>13 >>15 >>42 >>43 を参照。
基本的には
 ・「怨恨説」は扱わない
 ・(朝廷や足利義昭による信長抹殺の動きはあったかもしれないが)光秀の単独犯
というのが、大河板にこのスレが建ってた頃から有力な意見として出ていました。

ただし、「アフター本能寺の変」の話とかはまだなされていません。


107 :ピノコ:2005/06/09(木) 23:52:44 ID:???
ピノコ的には第1話〜10話までのプロットは出来ていがいます。

第1話 光秀の少年時代の、父・光綱の法事の日を中心に描く
 【導入部】 戦場で戦う光綱。対戦相手は尾張勢(大将;織田信秀)
 深手を追い、死が間近な光綱は、幼い光秀に、祖父が城主である明智城へ行くよう遺言する。

 【ドラマ前半部】父の法事のため、庭の花を切る少年光秀。遠縁でもある、妻木家の娘・ひろ子と
 その妹てる子(共に後に光秀の妻となる)との出会い。(
 焼香の際、光秀の義兄弟光忠は、本来は百姓身分だった自分を引き取ってくれた光綱への恩顧を思い
 脇差も取り丸腰になる。「初心を忘れないのはよいことだ」と、光忠をほめる城主・光安(光秀の叔父)
 法要の後、光安らは、斉藤道三(美濃守護職・光安の妹の夫)と談笑する。

【後半部】一族の幼い子ども達の遊び相手をしている光秀。しかし叔父・光安に呼び出される。
 光秀に、光秀の父・光綱は、先代城主・光継の庶弟にあたること、光継が光綱を自分の養子としたこと、
 従って、光秀は明智城の城主にはなれないことを伝える。必死に動揺を隠し、
 光安にこれまでの恩への礼をいう光秀。
 それでも、ショックは隠しきれず、ぼんやりと庭を眺める光秀。
 その時、光秀の耳に、一族の幼い姫が倒木の下敷きとなり、助けを求める悲鳴が聞こえる。
 必死に、全力で姫を救い出す光秀。無事、倒木を動かし、姫を助ける。
 その日の夜、光秀は自分の思わぬ怪力に驚き、庭の岩を動かそうとするが、びくともしない。
 様子を見ていた快川和尚に、「己の拘りを捨て、無心となり天命に従う心を持てば、
 人は大事を成せる」と教える。
 だが、数日後、光秀は、「これを大切にすれば千人の将となれる」という
 大黒天の人形を竈にくべる。心配する叔母。
 斉藤道三は、光秀のこの行為をほめる。そして「世間の人は自分のことを
 下克上を体現した者のようにいうが、自分はただ『天の意』に従い、『革命』を
 起こさんがために行動している」のだと話す。

【閉めの部】10年後、逞しい若者に成長した光秀。そばには妻のヒロ子がいた。

108 :ピノコ:2005/06/09(木) 23:55:51 ID:???
続きはまた別の日に書きます。
ちなみに10話が、越前一揆鎮圧の話にあたります。

109 :ピノコ:2005/06/10(金) 00:00:25 ID:???
ゴメン…>>107訂正

様子を見ていた快川和尚に、「己の拘りを捨て、無心となり天命に従う心を持てば、
 人は大事を成せる」と教える。
             ↓
様子を見ていた快川和尚は、「己の拘りを捨て、無心となり天命に従う心を持てば、
 人は大事を成せる」と光秀に教える。


110 :明智のみっちゃん:2005/06/10(金) 13:53:33 ID:bW8ZrVGW
>>104
無駄だとわかってる発言はハナからしないようのに。
それこそ無駄に発言が進むので、よろしくお願いします。

>>103
やはり時期尚早でしたね。
ここはピノコさんが毎度のことながら、がんばってくださっているので、みんなでバックアップしていきたいです。
というわけで、みんなで期待しましょう。

>秀吉&家康
 そうですね。
光秀の「いい人」さを際立たせるためには、周囲の人間を腹黒く描く必要がありますね。


111 :織田ののぶちゃん:2005/06/11(土) 01:38:46 ID:Z5ttqgNj
私は、基本的に光秀は「いい人」であろうと思いますが、
それだけだと薄っぺらくて嘘くさくなってしまうかもしれません。
律儀で誠実な人物として描くと同時に、光秀の負の側面もとらえる
必要があると思うのですが、皆さんはどう思われますか。

>>110
周囲の人物を悪く描く必然性も生じるでしょうが、単純な悪役ではなく、
その人物のよい面や人間らしい面にも目を向けていきたいですね。
主役にも敵役にも愛情を持って見られるドラマが理想です。

>>107
よくそこまで考えられましたね。
私は、信長や本能寺の変についてはある程度知っているつもりですが、
光秀の前半生や一族・家臣たちに関しては勉強不足なもので…。
是非続きを聞かせてください。
話が進んで私の守備範囲に入ったら、また自分なりの意見を書かせて頂きます。

112 :ピノコ:2005/06/11(土) 11:11:18 ID:lHetUHvb
いや…実はこのスレッドに関わるまでは、明智光秀についてよく知らない者だったんですよ。
私の場合は偽史的なファンタジー分野が好きなので、少ない史料からいろいろ勝手に空想して、
ストーリを作るのはむしろ得意なほうです。…ただそれがどこまで大勢の人の好みに合うのかが
問題ですが。





113 :ピノコ:2005/06/11(土) 11:39:05 ID:lHetUHvb
悪役設定の件ですが…

光秀を主役として描くと不思議なことに、>>59さんがおっしゃるような、
「野心家」「俗っぽい」光秀に自然となってしまいます。
「インテリ」で「気品のある」光秀ファンにとっては、「イメージ違いすぎる!」に
なっちゃうでしょうが。

あと…ピノコ原案では、家康や秀吉は、出番があまりないですねえ。
浅井・朝倉連合との戦いでは、光秀・秀吉・家康の「揃い踏み」がありますが…
あと、「本能寺の変まであと○○日!」という頃には、この2人の出番は増えます。
しかし、光秀主役のドラマだと、出番が多そうな人物は…細川藤孝、吉田兼見、足利義昭、
三好勢の人たち、松永久秀、筒井慶順、荒木村重、長曽我部元親…etc

逆に武田信玄あたりは出番あるでしょうか??

114 :ピノコ:2005/06/11(土) 12:15:42 ID:???
おっとw…>>113は「悪役」ではなく、「脇役」「登場回数の多そうな人物」についての
書き込みになっちゃいました。
では、ストーリに沿って、光秀の敵役・イジメ役となり得る人物を、今度こそ、挙げていきます。

「美濃編」「放浪編」…斉藤竜義
「越前編」…朝倉義影(「敵」ではないが、光秀を困らせ、悩ませる役)
「信長上洛編」…六角氏 三好三人衆 松永久秀
「朝倉討伐編」…足利義昭 あと、敵がイパーイ。
        なお、この辺りでは、信長を徹底して「善人」「正義の味方」として描きたいです。
        実際、信長は人民思いでしたし。
「石山本願寺10年戦争編」および「丹波攻略編」
       …石山本願寺編は一向一揆勢(つまり普通の農民達)が
        丹波攻略編では「国人」「地侍」(農民を搾取する人)が
        それぞれ敵となります。
「丹波治政編」…治水を行なうなら、「自然」が敵。
        あと、農民から税を搾り取る悪い小領主とかも。
        光秀はこれまでにない善人に。
「もうすぐ本能寺の変」「そして本能寺へ…」「本能寺の変・その後」編
       …? ? ?(誰に味方すべきか、誰が潜在的な敵なのか、
        すべての登場人物が悩み、迷う)



115 :お具:2005/06/11(土) 16:34:46 ID:???
すごい詳しいですね。皆さん。
教科書・マンガ日本の歴史レベルの自分にとっては書き込みが詳しすぎて、
どういう風に書き込めばいいか…
どうしてそんなに詳しいのでしょうか?
なにか良いサイト・書籍を教えてください!



116 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/11(土) 22:39:41 ID:???
前レス読まないでカキコしますが…

山本薩夫監督の「続忍びの者」を見ていただくと
結構プロットのヒントになるようなものがあるんではないでしょうか
(私は俗説の光秀像寄りです)
あの映画は、形の上での主役は市川雷蔵演じる石川五右衛門ですが
実質の主人公、前半は光秀(山村聰)、後半は家康(永井智雄)です

この映画での光秀は、秀吉と並ぶ信長の有能な「片腕」ですが
気分屋(良く言えば直感重視)の信長の気持ちに先回りする秀吉と違い
あくまで信長の「支配者としての風格、面目」を重んじるがゆえに
諌言を重ねたすえ行き違う家臣として描かれています
その行き違いを、謀略のプロである五右衛門や服部半蔵に利用され
感情を扇動される形で叛乱に至るのですが…

117 :ピノコ:2005/06/11(土) 23:37:42 ID:???
>>116さん、イイ提供、ありがとう。これからもお願いします。
映画「忍びの者」…
実はワタシの若い頃、「シナリオの勉強になる名作だから、よく観とけ」と言われた作品です。
今ではDVD化されてんですね。 正続合わせて1万円近いお値段。 山本薩夫監督作品。

>>115さん
サイトは「明智光秀」など人物名で検索したり、「明智軍記」「美濃諸旧記」「武功夜話」
などなど、書物名で検索したりすると、イロイロ見つかります。
書物では…「学校で教えない教科書・面白いほどよくわかる戦国史」(日本文芸社)が、
字が大きく初心者にも分かりやすい内容ながら、実はアカデミックで堅牢な本です。
また、最近、中公文庫より「日本の歴史」が出版されました。10巻「下克上の時代」
11巻「戦国大名」12巻「天下統一」

新書本では、中公新書の「信長の親衛隊」「信長軍の司令官」「織田信長合戦全録」
(いずれも谷口克広著)、KKベスト新書「織田信長 石山本願寺合戦全史」(武田鏡村著)
小説なら、「国盗り物語」(司馬遼太郎)「下天は夢か」(津本陽)
PHP文庫より、いろんな戦国武将の小説がイパーイでてます。   






118 :ピノコ:2005/06/12(日) 01:08:43 ID:???
第2話…斉藤道三の最期、そして明智城陥落(1556年。光秀28歳の頃)
【導入部】斉藤義竜が、自分の実父は土岐頼芸であることを知り、
斉藤道三への謀反を決意する。
    道三が、自分や実子よりも、婿の信長と甥の光秀を高く評価していることに
激しく嫉妬する義竜。

【前半部】斉藤道三と義竜の戦い。義竜が圧倒的有利。
明智光安は石谷対馬守と共に道三側につく。
    道三は信長からの援助を断る。道三が死ぬつもりであることを悟った光安は
光秀に、明智城を守るよう命じる。「自分は金庫番か!」と出番の無さを嘆く光秀。
    義竜は、明智家が信長と通じることを恐れ、国境を固める。
    道三は信長に「譲り状」の遺書を書く。道三、4月20日、長良川で討死する。
     

【後半部】道三の死から半年近く経っても稲葉城への出仕を断り続ける光安に、義竜は
     明智城へ兵を送る。
信長と姻戚関係にある明智家が、外患誘致を試みているとの疑いを
強くもつ義竜は、光安・光秀に出家して土岐一族に二心が無いことを示すよう
求める。
     光秀は、自分の首を差し出して、叔父光安を助けたいと光安に告げるが、
     逆に光安に、嫡男・光春と共に生き延びて、土岐一族の悲願を達成するように
説得される。
(続きます)

119 :ピノコ:2005/06/12(日) 01:14:06 ID:???
(>>118の続きです)
  光安は言う、土岐家は清和源氏の流れを汲む一族。京での栄達が望めず、
この美濃に流れ着いた。
     しかし土岐家は中央政界に返り咲くことを夢みて代々努力を重ね続けた。
     土岐一族の使命は「革命」である。京の政権が統治能力を失った時、
     古代のシナにおいて、周の文王が理想の政治を夢見て偏狭の岐山に兵を集め、
     悪名名高い殷王朝を倒し、新政権を打ち立てたように、土岐家も美濃の山間から
     兵を起こし、新政権を興すのが一族の使命である。
しかし、土岐家の本家はいつしか、文弱に流れ、
自らの保身のみを考えるようになった。
そして斉藤道三こそ、土岐一族が忘れかけていた「革命」を
実現しようとした人物である。
     自分の代では革命は達成できなかったが、光春と生き延び、
「ときは今」というべき時に、
     先祖からの悲願を達成してほしい…
     光春の言葉に従う決心をした光秀と光春。光秀は育ての母である叔母に礼をいう。
     明智城に火を放ち、妻と刺し違える覚悟を決めた光安。

【閉めの部】身重の妻を背負って逃げる光秀。光秀の幼い息子の手を引いて逃げる光春。


120 :ピノコ:2005/06/12(日) 01:15:42 ID:???
なんか改行がおかしくなって読みづらくなりました。ゴメン!

121 :織田ののぶちゃん:2005/06/12(日) 02:36:21 ID:rq7sgYFK
>>118
信長の初登場シーンはどのような形になりますか?
第2回冒頭で「道三が、自分や実子よりも、婿の信長と甥の光秀を
高く評価していることに激しく嫉妬する義竜」とありますが、
道三がなぜ信長を評価するようになったのかが抜けていて、唐突ではないかと思います。
第1回と第2回の間にもう1回入れ、光秀・道三・信長の関係を
じっくり描いてもいいのでは?

>>115
私のお薦めはこの本です。
 小和田哲男著『明智光秀 つくられた「謀反人」』PHP新書
価格も手ごろで中味も読みやすく、最も手っ取り早く光秀を知ることができるでしょう。
敗者・光秀を正当に評価し、復権を図ろうという本書の主旨も、
今回の我々の企画にピッタリだと思います。

122 :ピノコ:2005/06/12(日) 08:19:11 ID:B0OgxlaE
そう言えば、大河ドラマ版にこのスレッドがあった時、織田ののぶさまの、
こんな発言をされてましたね。

 もしも「うつけ時代の信長に会っていた」設定にするなら、こんな方法があります。
 山岡荘八『織田信長』の冒頭で、信長が濃姫と結婚する直前、
 斎藤家の家臣が道三から命を受け、信長がどんな人物なのか見に来る…という場面があります。
 この「斎藤家の家臣」を光秀にしてはどうかと思ったのです。
 道三と光秀がどれほど親しい関係にあったかは分かりませんが、
 親戚であったことは確かで、接点はあったでしょう。
 光秀が若き信長を見て、ただのうつけ者ではない何かを見いだす…というような
 場面はどうでしょうか?

じゃー、こうしてみましょ。
第2話は大河ドラマでおなじみの「道三と信長対面シーン」をメインとする。
で、光秀は帰蝶が信長に嫁ぐ前に信長の様子を探りにいったことがあって、
信長を「うつけではない」と判断してたが、
道三から対面の話を聞き、信長の予想外のスケールの大きさに驚く。
で、光秀はなんか汗って、自分の限界を感じて、これまで以上に鉄砲の稽古に励む…
あと、第2話で、道三と義竜の関係も描こうかしら。
アドバイス、ありがとうございます。助かりました。

PHP新書の「明智光秀 つくられた『謀反人』」って、いまでも在庫あります??
このスレッドに関わり始めた頃、書店に尋ねると〈在庫ナシ〉って言われたんで…


123 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/12(日) 12:36:14 ID:???
>>122
うつけ時代の信長に会っていた設定をするなら、
正徳時会見っていうのはどうかな?
この会見時には有名な逸話が二つあって、一つが信長がやってくるのを
街道沿いの家で隠れ見ていたというのと、
会見後に、我が息子達は信長の門前に馬を繋ぐであろうと言ったというもの。

道三のお供で、一緒に盗み見る→会見時の変貌ぶりを見て信長の本質を見抜く
→道三の言葉を聞いて、信長に関して情報収集を始める。
特に後者は、後に二条城で信忠と運命を共にした猪子兵助もその場にいたと、
言われているし、猪子は信長に仕えるようになってから、秀吉もかなり気を
使った相手。あと、二条城襲撃時のやりとりも、おもしろく書けるのでは
ないかなと。

ただ、本能寺や二条城の死者は、大多数が齋藤縁者や美濃衆だけに、
光秀と齋藤家や美濃衆との関わりや心情の変化を、かなりうまく書き込んで
いかないと、多聞院ではないけど、ただの恩知らずになってしまうと
思うよ。

124 :織田ののぶちゃん:2005/06/12(日) 17:42:39 ID:2i874kb4
>>122 >>123
なるほど。正徳寺の会見で会うことにすれば、自然でしょうね。
有名な逸話で、信長・光秀出会いのシーンとしてインパクトがあるでしょう。
そうするなら、以前私が出した「信長結婚前の光秀偵察」案はやめましょう。
45分の中で数年も話が飛ぶのは好ましくないでしょうから。
第2回は会見直前から話を始めて、会見をメインに描きましょう。
ただ、「なんだまたあの話か」ということにならないよう、
独自のテイストを加えたいものですね。
信長と光秀が直接関わるシーンを作るとか。

>>122
小和田さんの『明智光秀』ですが、Amazonで調べたところ、
「出品者から通常2営業日以内に発送します」と書いていましたよ。
本屋の店頭では見かけないので、インターネットで注文してはいかがですか。

125 :明智のみっちゃん:2005/06/12(日) 18:48:30 ID:NXJLfa+a
 >運命の出会い

 正徳寺ですか。そうですね。
このときはまだ、ポカーンと歌舞いた姿にただただ圧倒されてるだけでいいのではないでしょうか。
まだ、信長のスゴさといったものは感じずに、本能的に「すげーなこの人…」と思わせるぐらいで、
人ごみの中から、馬にまたがる派手なカッコの信長をほんの一瞬、人の頭と頭の間から目撃!
あんまり劇的な関わり方をするのもわざとらしいし…

 後日、人づてから織田家が鉄砲を買い占めてるだとか、そういった話を聞き、
「あぁこの前のあの人か、やっぱただモンじゃねぇな…」と徐々に意識していく…実際、人の出会いなどそんなモンですし。

 道三と光秀をムリにくっつけすぎないのも一つの手かもしれません。
そのほうがオリジナリティーもでますし、とは言っても、そうするとまた難しくなってくるんですけどねぇ。

 あとは細川藤考との出会い。
これもまた信長と並んで重要だと思います。
この描き方でドラマも大きく左右されるでしょうし、

 いっそのこと、信長を見かけたときと同時期に京で面識だけは持たせておいたほうがいいかなと思います。
ストーリー展開上、藤考も光秀も信長を一緒に見ていれば、そのあとの織田家鞍替への話の運びもスムーズになるでしょう。

126 :明智のみっちゃん:2005/06/12(日) 18:49:57 ID:NXJLfa+a
あぁ矛盾してる
 
「信長のスゴさ」とは内面的なもの。つまり気質や改革論のこと。
光秀が最初に持つ印象は見た目の外見的「スゴさ」です。

127 :お具:2005/06/12(日) 22:32:25 ID:???
>117 >121
本当にありがとうございます!
メモって本屋巡りにでもいってきます。


128 :ピノコ:2005/06/13(月) 05:46:19 ID:Ja1hJIVf
>>123さん
>本能寺や二条城の死者は、大多数が齋藤縁者や美濃衆
そうなんですよね。「信長の司令官」(谷口克広著 中公新書)によりますと、
信忠の家臣は旧美濃出身者が多い。で、信長に仕えていた時の光秀家臣には旧幕臣が多い。
これまであまり描かれなかった、「光秀と旧美濃出身の信長家臣との関係」など描きたいですね。
案外、両者の間には、葛藤とか、感情的な軋轢があったかもしれないと考えるピノコであった…

織田ののぶさまへ…もう一度、Amazonででも捜してみます。

129 :ピノコ:2005/06/13(月) 06:10:11 ID:???
第2話・修正…正徳寺での道三の信長の対面がメイン。1554年、光秀26歳

【アヴァン・タイトル】織田家・斉藤家・明智家の姻族関係の説明
【導入部】信長との対面のために出かける道三は光秀に、「今日はお前が鷺山城の城主だ」
     とか冗談をいう。留守番役を張り切る光秀。
     側にいる光忠は「信長どのを『たわけ』と思うか」と光秀に尋ねる。
     光秀は帰蝶輿入れの前に信長の様子を探りにいった話をし、
     「たわけどころか英雄の器」と自信たっぷりにいう。
     光忠、「しかし、今日の対面で道三どのが『たわけ』のご判断されたら、
     光秀どのの面目は潰れますね」という。
     ちょっと気にする光秀。

130 :ピノコ:2005/06/13(月) 06:17:15 ID:???
(上記の続き)
【前半部】稲葉山城では、斉藤義竜が、ある老家臣と対面。
     老家臣は、義竜の実父は道三が追放した土岐頼芸だと話す。
     相手にしない義竜。
     老家臣はさらに、道三が今日、信長と正式対面すること、道三は信長と組んで、
     美濃を奪い取るつもりではないかと話す。
     この話は真剣に受け止める義竜。

     一方、あばら屋の隙間から、信長の様子を覗く道三。
     信長のいでたち「うわさ通り」と失笑するが、
     信長の家臣達の規律正しさ、そして鉄砲の多さに顔色を変える。

131 :ピノコ:2005/06/13(月) 06:31:57 ID:???
(上記の続きです)
【後半部】道三と信長の正式対面のシーン。
     道三は今度は自分を「たわけ」に見せるため平服のまま。
     正装をした信長。
     「いっさい口を利くな」と小声で側近に言い、黙って信長と食事をする道三

     留守番役を無事終え、ちょっとほっとする光秀。
     だが、帰ってきた道三がひどく不機嫌なのに驚く。
     道三は「お前が言った通り、信長は英雄の器。
     我が息子達は信長の馬の轡を取るだろう」とはなす。
     驚く光秀。

     いっぽう、義竜はラッパから道三の様子を聞き、
     「我が息子達は…」の発言から、「もしや我が父、
     外患誘致の謀反の疑い」と考え始める。

【閉めの部】信長に敗北感を感じ、鉄砲の稽古に励む光秀。

※なお、「帰蝶輿入れの前に光秀が偵察にいった時の信長の様子」は後で書きます。


132 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/13(月) 09:26:34 ID:???
すみませーん、かなりキショいので同人誌でも発行して
思う存分やって下さい。

133 :名無しの制作委員:2005/06/13(月) 22:17:31 ID:???
気にするな!

134 :とおりすがり:2005/06/13(月) 22:30:23 ID:???
婚前の信長偵察と会見の流れ、よく出来てる・・・
面白そう。ドラマで見てみたい。

135 :ピノコ:2005/06/15(水) 13:44:48 ID:???
お褒めのお言葉、ありがとうございます。

ところで、皆さまにご相談…
一応、第3話〜第4話で、斉藤道三討死・明智城落城、そして家臣達と別れて、
光秀一家が京へ向かう話を書こうと思ってたんですが、ここで疑問が…
「明智城を無くし、牢人となった光秀は、なぜ尾張の信長の下に入らなかったのか??
例えば、森可成(森欄丸のパパですね)は、この時期に美濃から尾張に移っているのですよね。
なぜなのでしょう?
 「敵に寝返るのは卑怯だから」「光秀の奥さんの実家・妻木家が敵になってしまうから」
「信長の下になるのはコンチキショーと思ったから」とか、そして「京へ行けば、細川藤孝や
石谷頼辰のコネを頼って、どっか仕官できる(幕府あたりに…)と考えたから」で
…このあたりで説得力がありますかねえ。

でも、結局、牢人して放浪生活(しかも妻子がいるのに…)することになるでしょ?
放浪生活するくらいなら、濃姫(帰蝶)とイトコである伝を頼って、
信長方に寝返ったほうがマシだと、凡人のピノコは思うのです。

136 :ピノコ:2005/06/15(水) 14:09:12 ID:???
・第3話…斉藤義竜と道三の対立、道三の死、明智城陥落(1553年〜1556年)
     
・第4話…西美濃の小領主・山岸光信の所へ寄り、身辺整理し旧家臣と別れる話。
     (妻のひろ子が、自分の髪を売って宴会の費用に充てる話もここで入れたいです)

・第5話…京で吉田兼見(吉田神社の跡取り。光秀の親友)、石谷頼辰(道三×義竜の戦いの際、
     明智光安と共に道三側についた石谷対馬守の息子? 足利幕府の奉公衆。光秀のイトコ)
     そして細川藤孝と再会。石谷氏や細川氏には仕官のコネを頼むが断られる。
     さらに斉藤義竜の命を受けた斉藤利三が、光秀を捕獲しようとしていた。
     やむをえず、放浪生活に突入。 



137 :ピノコ:2005/06/15(水) 14:24:10 ID:???
こういう展開にしたいのですが、無理はないかなあ。

あと、「放浪生活の実態をどう描くのか??」

放浪生活の内容は一次史料(日記・手紙など)にはもちろん、後の物語にも、
具体的には書かれていないのですよねえ。
司馬先生の「国盗り物語」では、諸国豪族の動静を探りつつ足利幕府再興のための
政治運動をしていたとありますが…
安部龍太郎先生の「信長燃ゆ」では、この時期すでに光秀は、将軍義輝に仕えている設定に
なってました。
あと、越前で寄寓してたとか、お寺で暮らしてたとか、小説や読み物によってイロイロですが…


138 :ピノコ:2005/06/15(水) 14:45:32 ID:qv+NxUhk
このスレッドが大河板にあった頃、ピノコは「光秀の放浪時代」について…

「妻子が養えた」「あちこち移動できて、諸国の情勢を知ることができた」
「記録などには一切残っていない」「放浪生活の実態について、光秀は人に一切語っていない」
以上のことから「人に言えないことをしていた」=「諸国の情勢探索そのものを職業としていた」
と推測、そんなことから「植木屋や植物商のような仕事はどうでしょうか」と書いたのですが…

調べてますと、この時代の植木屋の社会的位置は「河原者」と蔑まれてたんですねえ。
造園や園芸には、光秀は造詣が深いので、その点では無理はないのですが。
あと、諸国の情勢を探るのにもって来いの職業なので、後々のストーリの伏線も
作れそうですが…

いったい「この時代、作庭に携わる人たちは社会的に蔑視されてた」って、
どの程度蔑視されていたのでしょうか??
作庭に携わる人たちの「社会的位置」と「経済力や生活レベル」および「教養のレベル」は
どの程度まで比例してたんでしょうか。(造園業なんて儲ける人は儲かりそうだし、
教養だってある程度は必要じゃないかとも私は思うし…。でもあまり賎業視されてた
職業につくのも不自然だし…)

正直なところ、あまり無茶な作り話は書きたくないし、
何かいいアイディア&情報提供お願いします。

139 :まったけ:2005/06/15(水) 20:58:51 ID:???
 『放浪生活』いわば、明智光秀公の全くの謎とされる時代ですね。
 かつては、明智城落城等についても確証はないと言われていましたが、この辺りについてはある程度は
史実ではないかとの研究が増えて来ました。
 しかし、明智城落城から織田家中仕官までは、新史料の発見はまずはあるまいと思います。
 よって、我々が好き勝手に「我等が若き日の明智光秀像」を創りあげたらいいのではないのでしょうか?
 『明智軍記』等よりも荒唐無稽にやりましょう!
 そもそも『明智軍記』なんて、かつて高柳光寿先生は誤謬充満の悪書と説かれています。
現在では、元禄時代に庶民に囁かれる「明智光秀=南光坊天海」説を否定する為に、
徳川幕府が創作したという説まであるぐらいですから。
 派手にやりましょう!

 漫画ですが、武田鉄矢・小山ゆう『おーい!竜馬』では、坂本竜馬が上海に行っているぐらいですし。

 例えば、ドラマでは、明智家の後胤と自称する才谷屋坂本家を登場させてはどうでしょう?
 ナレーションの代わりに、竜馬の父・才谷屋坂本八平が、幼き日の竜馬に先祖の「明智光秀」について
語り教える中で、光秀のドラマを展開させるのは?
 そして、最終回では「明智光秀」の話を聞き終えた竜馬が、偉大な先祖を目標にして生きるぞと決意して
終わらせる!



140 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/15(水) 21:49:33 ID:???
このスレにいる人って炎のミラージュとかも好きでしょ?

141 :明智のみっちゃん:2005/06/15(水) 21:51:11 ID:0++VON/9
>まつたけ館長
ダブルで歴史を!それはすごい構想というか発想ですねぇ。
「ときは今」は竜馬脱藩決意の「その時」にもなるってことですかね?

>ピノコ先生
 「コネ」を頼って京へ行ったことにするといいと思います。

142 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/15(水) 22:04:25 ID:qv+NxUhk
いや…あんまりやりすぎて、「新選組!」や「義経」なみの批判を浴びてはと…

確かに光秀放浪時代については「史料」はおろか「口承伝説」も無い。
空海や武蔵には、民衆レベルで「旅の途中の空海(あるいは武蔵)が、当地において…」って
感じで伝説があるのに、光秀にはないんですよ。越前に1563年頃には滞在していたことは
越前長島の「明智神社」の存在から確かなのですが。

放浪生活に入るきっかけ、その生活の実態など、当時の歴史的背景を考慮して
リアリティのある話(説得力のある話)を創りたい。
「光秀はあまり知らないが、戦国時代は大河ドラマを通じてある程度知っている」と
いう視聴者が、「どれが実際にあった話(あるいは昔から言い伝えられている光秀の逸話)で、
どこからが今回のオリジナルの創作なのか、全然分からない」ぐらい、
自然な展開にしたいのですが。

放浪生活=植木屋さんって、どお??
他に「放浪生活は、こんな風に描いては?」っていう意見ないですか?


143 :ピノコ:2005/06/15(水) 22:35:53 ID:???
それにしても「『明智軍記』は、『光秀=天海』説を否定するため幕府が
創作した」って話、すごいですねえ。
初めて聞く話ですが、言われてみれば、そんな感じもする内容ですな。

144 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/15(水) 23:35:52 ID:???
>>140
ロム者だが何故そのやおい小説がいきなり出てくるのかとw

145 :ピノコ:2005/06/16(木) 00:08:00 ID:???
>>142
おっと、大間違いを、ちまちたのて、訂正を…
「明智神社」は、福井市の東大味にあります。
なんか記憶が、ごしゃごしゃになって、凄い書き間違いをしました。

146 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/16(木) 14:00:09 ID:???
あまりにも面白いので、カキコさせて頂きます。ピノコサンに最敬礼!
>138
作庭を職にした人が良い扱いを受けたのは、足利義政が銀閣寺こと山荘・東山殿を建てた時ぐらいかも。
まぁ、『逆説の日本史(8) -中世混沌編-』からの情報ですが。
造園師の善阿弥たちを座敷に上げて、庭の造作について直接語り合ったそうな。
http://www.shokoku-ji.or.jp/shokokuji/history/ginkakuji_04.html
当時の河原者で一芸に秀でた者は、「●阿弥」と名乗っていたらしい。

後、放浪時代ですが、どんな人物に遭遇し感銘を受け、また影響を与えたんでしょうね。
個人的希望では大和で本多正信に出会っていて欲しいが、時期が違うか…。


147 :ピノコ:2005/06/16(木) 23:58:08 ID:???
>>146さん
うんうん。造園に携わる人たちがよい扱いを受けず、座敷に上げてもらえなかった…って理由は
よく分かるンですよ。
造園師は城や館のあちこちを、年に何回かは歩き回る…自然に大名や豪族などの情報が
耳に入りますよ。
さらに困るのは、苗木や庭石・苔などの生産や運搬を扱う「植木屋」さん。
「松何十本、竹何百本…」なんて感じで受注を請け負うのですから、
どこでどの程度の城が作られるのかなどなど、植木屋さんに情報を読まれてしまいます。
しかも苗木の生産や庭石の採掘は、全国のあちこちでされてましたから、
造園屋さんと苗木や岩の業者さんが結託すれば、かなりの情報ネットワークができたわけで…

ちなみに江戸時代は、造園や植木の手入れを行なう人を「樹木屋」、
苗木などの生産・運搬・販売に関わる人を「植木屋」と呼んでたそうです。



江戸時代は、造園や庭木の手入れに関わる人を「樹木屋」

148 :ピノコ:2005/06/17(金) 00:23:09 ID:???
で、なんで「放浪中の職業=植木屋」と考えたかと言えば…
放浪生活を終え、朝倉義景や織田信長に仕えた頃の光秀は、
諸国巡りの結果、諸国の情勢をよく掴んでいた…って、
「国盗り物語」をはじめ、いろんな小説に書いてあるんですね。
じゃ、「諸国の情勢を掴める職業」として「植木屋」を思いついた訳です。
それも「苗木の生産・運搬・販売」のほうの。これなら顔も見られないし。

「植木屋」に限らず、定住せずに諸国を放浪していた人たちのことを
職種に関わりなく、「河原者」と、この時代は呼んでたようです。
社会的な蔑視に関わらず、なんで「諸国放浪の生活」を選んだのか??
なぜ奥さんと離婚(離縁)しなかったのか??(これも不思議です。「お寺に
預けていた」とか「山岸家に預かってもらってた」とか小説などにはありますが、
よく婚姻関係が続いていたものだと。

このあたり、光秀本人が納得してても、視聴者が納得しなければ、
「何でこんな選択をしたの? 光秀ってヴァカじゃないの?」「話が不自然」と
2ちゃんで叩かれるでしょう…

また、時間に余裕のある時、ストーリを書きますので、
大河ドラマ板の「金子アンチスレ」並みの、重箱つつきのキビシイ視点で、
ピノコのストーリをけなして下さい!

149 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/17(金) 00:29:59 ID:???
放浪時代書くなら、造園師より猿楽士の方がおもしろいと思うよ。
当時の猿楽士は、特殊技術持っていた人が多ったというから。
快川国師の名が出ていたけど、光秀の放浪時代あたりはこんな感じ。

1555 甲斐の恵林寺の僧になる(その後、美濃に戻るー年代不明)
1560 義龍と宗教対立のため尾張犬山へ出奔
1561 義龍急死により、対立が終結。美濃へ戻る
1564 信玄の誘いにより、再び恵林寺へ(以後死ぬまで甲斐)

これらを絡ませると、1556に、道三の関係で懇意にしていた快川がいる
甲斐に行く。そこで、大蔵氏と出会い、猿楽士として、諸国をまわるとか…
朝倉への鉄砲披露も、武田で鉄砲について学んだという設定も作れるし、
(以外かもしらないけど、信玄は1555の戦の時点で、篭城相手に300梃もの
鉄砲隊を投入した。)光秀が信長に仕えだしたと言われている永禄7年あたりから、
武田を意識しだし、信玄へのゴマすりが始まり、翌年には養女と勝頼を結婚させているし。
信長ー光秀(快川)−信玄という意外な視点もおもしろいかなと…

因みに、大蔵氏は、金春流という猿楽系統から大蔵流として別れた一派の家で、
後に鉱山掘りや道路整備他等で有名な大久保長安の実家でもある。
この家は、猿楽士と同時に金山衆という鉱山関係の任務も兼ねていて、
黒川金山の近くに住んでいたから、近くに恵林寺もあるし無理に出会わせなくても
自然と出会える、建築技術とかの特殊技術もそこで学んという設定もできると思う。
大蔵家は信玄もお気に入りだったから、躑躅が崎にもよく出入りしていた関係で
京や朝倉の人間とコネクションができたり、京文化に通じるようになったとかも
できるかも。(実際信玄は、漢詩や和歌、茶に通じる文化人でもあって、
連歌会(発句もした)や茶会(館のすぐ近くに茶畑を作ったり、愛用の茶引き臼があるほどの
茶好きだったりする)をよく開いていた、もち京からも人を呼んだし、大蔵氏もその座に
いたことがある。

以上、乱文で申し訳ない

150 :ピノコ:2005/06/17(金) 00:38:14 ID:nPXrXRc/
あと>>146さんがお書きになった、本多正信さん…
光秀が放浪生活してた頃は、本多さんは「鷹匠」(これも社会的に蔑視されてたらしい?)を
生業としていて、一向宗の信者で、あちこちの一揆に参加してて、松永や三好三人衆にも
仕えたてたことがあって…と、これじゃ、光秀の敵役ですな!
実際、本多は光秀を悪く思ってたようですね。人物としては本多さんは魅力的ですが…。

放浪生活中に光秀と関わりを持たせたい人物としては、ピノコは長曾我部元親を
候補に考えてます。「うつけ」「ヒメワコ」と、元親は呼ばれてましたが、光秀とは
気が合いそう。>>139さんも書かれたように「竜馬=明智家子孫」説を物語に生かすなら、
長曾我部と光秀の関係はしっかり書きたいですしね。

151 :ピノコ:2005/06/17(金) 00:43:45 ID:nPXrXRc/
おおっ!  素晴らしい情報提供、ありがd!

152 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/17(金) 00:46:52 ID:???
書き忘れたけど、猿楽士というのはスパイ的な役目も成したり、
忍び等の裏ネットワークも、充実していたと言われている。
大蔵家も然りだし、武田の金山衆はある意味独立していたから、
家臣のような臣従関係ではなかったともいわれている。

金山衆(猿楽士)の家であれば、放浪といっても仕事だから、かみさんを
預けなくてもいいし、家来雇っていたり、京に家があったという
金持ちだったかも説も、納得してもらえるのではないかなと

153 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/17(金) 02:29:22 ID:???
>>149
大久保長安といえば、彼の嫁って村井貞勝の嫁と姉妹なんだっけ?
2人とも、確か恒興長女が再嫁した家の子だろ?
その関係で、池田輝政と長安って義兄弟の仲だったとか何とかw

154 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/17(金) 08:44:37 ID:???
146です。
非定住者のネットワークは凄いモノがあったようですからね。
河原者や木地師、猿楽士に金山衆の他にも修験者・雲水なんかも。高野山系の人物と出会えれば熊野水軍経由で土佐まで行けるかも。
快川国師を基点として京におけるネットワーク作りの過程で有職故実を学べる可能性もあるし。
また光秀の後見役のような商人も必要ではないでしょうか? 室町時代は商人の時代でもありますし。
鉄砲に関わるなら堺の納屋衆が有利だし、奇を衒うなら長府や博多の商人だし。
本人自身が道三を見習って商人になるのは何か違うしなぁ。
…でも149サンの説に拠るならば、全て解決しそうだな。

ピノコサンご存知よりの情報かも知れませんが、「まさるマニア」というhpが。
http://www2.inforyoma.or.jp/~ota/ その中の人物に「石谷光政(イシガヤミツマサ)」という人物が。

>「石谷頼辰の養父、通称は孫九郎、兵部大輔。入道して摂津入道空然と名乗る」
>「石谷氏は土岐氏で、本領は美濃国方県郡石谷郷」
>「永禄六年の段階で、室町幕府奉行衆、御小袖御番衆」
>です。これから推測するに、明智・斉藤らと同じく、室町幕府の人物であった事が伺われます。
>長宗我部家が明智と関係が深くなったのは、室町幕府の旧家臣と以前から交流があったからでしょうね。

明智家と長宗我部家を繋ぐミッシングリンクを埋める武将ですね。
本多正信ズキの私としては、
【どこかで光秀と出会いしばらく同行するが仲違いして別れ、その後一切出会わない】が、今の希望ですねw

155 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/17(金) 18:39:20 ID:???
>>153

義兄弟うほっ! 
甲斐にいた頃、信玄に掘られる光秀キボン


156 :ピノコ:2005/06/18(土) 00:11:40 ID:qWbS/ZhG
猿楽師ねえ…
光秀が舞や歌や芝居が得意だったという話は聞いたことがないから…
どうなんでしょう?? 
あと、あまり武田信玄と密接な繋がりを作りすぎると、「本能寺の変=光秀の
武田信玄・勝頼内通がバレたので謀反を起こした」説になってしまうし…。

それから…信長が「信玄へのおべっか作戦」をとるのと、「光秀が信長に仕える」のだったら、
どっちが先なんでしょ? まだはっきり調べた訳ではないが、光秀が信長に仕える前から、
「信玄へのおべっか作戦」は始まってたみたいだし、快川和尚との関係で、他の美濃衆が勧めたのかも。

でも、信玄や金山衆、それに快川国師の情報は大変参考になりました。感謝のきわみ。
(ついでに義竜と快川さんとの宗教対立ってなんなの? よかったら具体的に教えて頂戴)



157 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/18(土) 00:16:02 ID:???
154の補足です。hpの画面左メニューの「岡豊城」から入り「四国外」の「石谷頼辰」。
こんな繋がりでがあったんですね。
ふと斎藤利三を調べたいたらいつのまにかココに辿り着きました。
明智光秀が如何に長宗我部家との繋がりを大事にしていたのか、それが垣間見えた気がしました。

158 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/18(土) 00:34:15 ID:???
他人の勇み足にて候。149サンへのピノコサンの疑問を勝手に調べてみましたが、ほとんど判らず。
>斎藤義龍が行った禅宗の宗教統制には猛反発し、一歩も引かず抵抗しました。
>その時、快川らは尾張犬山の瑞泉寺に移り、京都の本山・妙心寺をうしろだてにして争いましたが、
>義龍の急死によって事態はおさまりました。
http://www.city.gifu.gifu.jp/gifu_to_story/person/01_07.html
…くらいしか判りませんでした。他のhpも対立としか書いてないですねぇ。

159 :ピノコ:2005/06/18(土) 00:38:50 ID:qWbS/ZhG
足利幕府衆である石谷頼辰さんは、三好三人衆(本拠地は阿波)に手を焼いていましたから、
長曾我部さんの四国での伸長に期待が大きかったでしょう。
そんなことが、「1563年、長曾我部元親、石谷頼辰の妹さんとケコーン」に
つながったんでしょね。
それから、長曾我部氏は秦氏の流れを汲むと言われてますので、
歴史ろまんちな光秀どのにとって、「一目置きたくなる」存在だったでしょう。

その長曾我部氏が1581年における、信長の対四国外交政策の大変更により、
長曾我部氏が敵に、三好氏が味方になったというのは、光秀にとって辛いことだった
でしょう。
まあ、このことが「本能寺の変」の直接の原因では無いでしょうが…

160 :ピノコ:2005/06/18(土) 00:42:53 ID:qWbS/ZhG
>>158さん、ありがd。
快川和尚さんは、光秀主人公の物語では重要な人物だと思うので、
こっちでも、図書館なんかでも調べときます(ヒマがあれば…)


161 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/18(土) 02:06:10 ID:???
>>153
149ではないが、そうだよ。あの本願寺にいた下間の家の娘。
ただ、2人とも恒興の娘との間の子なのかは不明。
恒興の長女が再家したのは、本能寺で前夫の飯尾が信長と共に
死んだため。下間は、あれほど対立した本願寺の重臣だっただけに、
和睦し、さらに信長死後とはいえ、多分手打ち同然で嫁いだのだろうね。
(といっても下間は、後年教如と対立して池田に出奔するしw、彼女も下間家では
大事にされた)
不思議なのは、村井貞勝妻記述。大久保は武田ー本願寺ルートがあるから、
まだわかるのだけど、村井は変で死んでいるから変前に嫁いだのは
確かで、もしかしたら天正8年の本願寺と信長の和睦の時に、養女にされて
差し出された可能性が高いけど、村井はいい歳だろうし、う〜むといった感じかな。
村井貞勝と同姓同名の人間が、後年にもいればまた話は違うのだろうけど
、調べた限りでは、今のところ出てきていない…

あと、輝政と長安が義兄弟っていうのはともかく、長安の次男の嫁が
輝政の娘って関係もある。しかし、この娘は出自がよくわかっていない。
輝政は、武田討伐時に従軍していて、親父も武田対策で長いこと東濃に置かれていたけど、
反面、池田の所領だった尼崎の某寺の勝頼の倅といわれる墓には、
池田に保護されていたいう奇怪な話もあるし、輝政の後尼崎に入った
建部は元六角の家臣で、妻は同じく村井妻の姉妹。不思議な因縁って感じ

162 :連投スマン:2005/06/18(土) 02:44:05 ID:???
>>ピノコ
快川と義龍の対立原因は、もともとあまり相性がよくなかったところにきて、
妻の葬儀の為に、義龍が京から僧を招いたことに始まると言われている。

義龍は、竜興生母の浅井氏女(長政の姉妹らしい?)死後に
一条氏女(摂家なのか武田や土佐なのかは不明)を嫁に貰っていたんだが、
彼女との間の子が、生後まもなく死んでしまい、一条氏女も嘆きのあまりか
まるで後を追うように死亡。僧を京から呼んだのは、そのため。
後は、>>158さんのレスに書いてあるとおり。

163 :ピノコ:2005/06/19(日) 12:24:11 ID:hD0n5NcO
>>162さん
ありがとうございます。
斉藤義竜という人を知るのに大変参考になりそうです。

164 :ピノコ:2005/06/19(日) 14:08:55 ID:hD0n5NcO
第3話をどうすべきか、悩んでいます。

第1話…光秀の少年時代を、光秀の父・光綱の法要の日を中心に描く。
第2話…光秀の伯父そして主君である斉藤道三が、道三の女婿である織田信長と、
    正徳寺で正式対面する話。
そして第3話は…
  前半:斉藤道三が、その息子である義竜と争い、討死する話。
  道三は信長に「美濃の譲り状」を残す。
  後半:明智城落城。

道三×義竜だけで1話を使ったほうがいいでしょうか?
  

165 :ピノコ:2005/06/19(日) 14:36:35 ID:hD0n5NcO
斉藤義竜という人なんですが…

一般には義竜の実母は、前美濃守護職の土岐頼芸の側室・御芳野さんだと言われています。
御芳野さんが、道三の側室になって7ヶ月で義竜が誕生したので、
「義竜は本当は土岐頼芸の息子だ」って言われてた…義竜謀反の原因はそのことだとされてます。

ところが、最近、書店で立ち読みした本によれば、
斉藤義竜の実母は、稲葉一徹の娘とか…。斉藤義竜さんは大変大柄な方だったそうですが、
稲葉一徹の娘さんも大女だったと、その本には書いてありました。
明智家出身の小見の方が道三の正室となる前は、稲葉一徹の娘さんが、
道三の正室だったそうです。

166 :ピノコ:2005/06/19(日) 14:49:33 ID:hD0n5NcO
斉藤義竜とその息子さんである竜興さんは、治りにくい持病(ハンセン氏病)があったそうです。
もしかすると、実母である稲葉一徹の娘さんも同じ病気になっていて、
そのため亡くなられたり(ハンセン氏病そのものでは死に到ることはないが、他の病気が合併して)
実家に帰ったりして、その存在そのものが忘れられた…
さらに「義竜の実父は土岐頼芸」という噂は、道三にとっても義竜にとっても
都合がいいので、ますます義竜の実母=側室の御芳野ということになってしまった…



167 :ピノコ:2005/06/19(日) 15:20:01 ID:hD0n5NcO
斉藤義竜は、信長のことを「うつけ者」だと思わず、
むしろ早くから脅威だと考えていたのではないでしょうか?
斉藤義竜はたびたび、織田信安(信長の父の従兄弟)や織田信行(信長の実弟)を
つうじて、信長をやっつけようとしているのですよね。
だから道三が「我が息子達は信長の馬の轡をとるだろう」と口ではいいながら、
信長に援軍や武器を送ったことで、
斉藤義竜は「父(道三)は、外患誘致を試みているのではないか」という疑いをもち、
それが義竜謀反の原因だった…という話のほうが面白いように思うのですが。
そして義竜は、明智光安・光秀にも外患誘致と義竜への謀反の疑いを強くもち、
(義竜の実母が、道三の前正室だったら、ますます義竜の明智家への憎しみが強くなりそう)
そのため、光安・光秀は、落城と死を覚悟の上、道三の死後、絶望的な明智城篭城を試みた...

こういう解釈のほうが面白いように思うのですが。
少なくとも「国盗り物語」の2番煎じにならなくて...


168 :153:2005/06/19(日) 17:34:46 ID:???
>>161
解説付きの返事アリガト、スゲー勉強になったよ
ついでといっちゃ悪いが、詳しそうなんで聞くけど、
武田の金山衆だった池田って、恒興の池田となんか関係あったのか?
一説に、六角のとこにいた池田氏云々って話もあるようなんだが、
その六角の池田も、実は恒興の池田とつながりがあったともいわれているしさ。
あと、明智と池田は、数代前には共に土岐氏の兄妹で土岐からわかれた支流だった?とかで、
池田が、齋藤家や東美濃衆(=土岐氏)と姻戚になったのも、その関係とか何とかって話を
かいてあるBBSを見たことがある。もし、このあたりで、なんか知っていたら
教えてくれるとありがたい

>>165
何の本を読んだのかわからないけど、稲葉の生年からして無理ありすぎかと
稲葉は1515生まれで、義龍は1527年生まれだから、当時稲葉は
12歳。それと、義龍や竜興が美濃を治めていた頃の連書でも、西美濃衆のうち、
稲葉だけはどれにも署名をしていないから、百歩譲って仮に稲葉の娘だったとしたら、
なぜ署名しなかったのか?という疑問が残るよ。

169 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/19(日) 17:48:14 ID:hFMZLz9R
こんにちは

170 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/19(日) 19:20:38 ID:wFh84/SH
↑しゃぶれよこのヤロウ


171 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/20(月) 23:55:55 ID:???
153サンへ
こんな系図があるよ。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/toki_k.html →明智が明地になってるけどw
http://page.freett.com/keizusoko/keizu/seiwa_genji/genji_seiwa11.html →こっちはインストールしろってウザイなり。

http://www2.harimaya.com/sengoku/html/s_iked_k.html
池田家って↑を見ると摂津と美濃の二つの系譜があるらしい。
http://s-mizoe.hp.infoseek.co.jp/m239.html を見ると恒興にも出身地候補が摂津・近江・美濃の3ヵ所あるそうな。

黒川金山の金堀衆(金山衆)の池田はよう分からんねぇ。田辺、依田、保阪、風間、深沢、古屋、中村と並んで金堀衆に多い苗字らしいが。

以上、161サンではなく158でした。 オレも勉強になった♪

172 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/21(火) 23:53:25 ID:1ZEaKc6I
>>149
>>153
すまん、初歩的な質問させてくれ。
  池田恒興(信長の乳兄弟)
  村井貞勝(信長・信忠の家臣。二条城で光秀軍団と戦って死亡)
  大久保長安(武田領の猿楽師の息子。家康に仕え金銀山の開発に活躍。
      家康ブレーン時代は同じく家康ブレーンの本多信正といろいろ対立した。
      兄は長篠の戦いで信長と戦って死亡)

この3人の嫁さんネットワークと、明智光秀はどう関係があるんだ。
何か面白い話が書けそうなのか?(本能寺の変と関わりがあるとか) 

173 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/22(水) 03:24:34 ID:???
>>172
ざっと読んだ限りでは、こんな感じに思ったが…
149は、光秀の放浪生活を武田と絡ませてみてはという提案
153は、ただの便乗。長安の名が出たから、京都所司代で光秀とも懇意だった村井や
同じく懇意だった(というかある意味親戚)の池田が意外なところで
つながっているということの確認
嫁つながりやもぐら隊つながり話が盛り上がっているのは、唯の流れだろ

もしかしたら、板違いといいたいのかもしれないけど、
嫁姉妹話は別としても(というか下間だからほとんど関係ない)、
光秀の人間関係を描く上で、村井や池田との関わりも大切だと思うから、
漏れは、いいと思うけど。

174 :146にて候:2005/06/23(木) 22:17:12 ID:???
『明智光秀』/吉川弘文館-人物叢書 新装版-、高柳光寿
↑で勉強を始めてますが、役に立つのやら…。

岐阜時代から光秀に付き従っているらしい、溝尾庄兵衛茂朝。光秀にとっての彼のポジションはどうなんだろう?
徳川家康にとっての鳥居元忠みたいなモンかな。
ならば、明智城篭城戦にも参加し、放浪時代にも付き従っていたんだろうか?

また脱線ネタかもしれませんが、蜷川氏も面白いですね。『一休さん』でお馴染みの新右衛門さんの血筋で室町幕府奉公衆の1家。
丹波・蟠根寺城を居城にし、義輝謀殺後に長宗我部元親に仕え、長宗我部家改易後は徳川氏に仕え旗本となった、蜷川親長。
微妙に光秀の事跡と被りますね。


175 :ピノコ:2005/06/24(金) 22:23:27 ID:???
面白い内容の書き込みが増えてとてもウレシイ…
皆さま、ありがとう。
早くピノコ版ストーリの続きを書きたいが、近頃は仕事がハードで書く気力ナシ。
その上、書くためには本もイパーイ読まなくてはならないし…
今夜は早めに就寝して、疲れをとって、また続きのストーリ書きます。

176 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/25(土) 00:12:34 ID:???
>>175
あまり、無理しないでね

>>174
このサイトを読む限りでは、確かに鳥居みたいなもんかも。
(もし、このサイトを知っていたらスマソ)

ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/toki/akechi1.htm

>>161
漏れも返事待ってる一人なんで、是非書いてくれると嬉しい
(脱線話が進むようで悪いけど)
某板の某スレでも、池田と武田(大久保)の関係を書いている
人がいたし、光秀の名も関連スレに出ていたから、
気になっているものの、そのての話題になると荒れるから聞けないし…

>>168
上のサイト見ていて思ったんだけど、光秀の配下にいる池田も
輝の字を使っているから、恒興の池田ってこっちの池田と
つながっているっぽい感じがある。

177 :まったけ:2005/06/25(土) 10:47:45 ID:???
ご報告 

 この掲示板を、亀岡国際秘宝館にリンクしておきました。

 http://www.geocities.jp/f4_ttm/akechicast.html

 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

 http://www.geocities.jp/f4_ttm/a_shuki.html

178 :まったけ:2005/06/25(土) 10:54:32 ID:???
>また脱線ネタかもしれませんが、蜷川氏も面白いですね。『一休さん』でお馴染みの新右衛門さんの血筋で室町幕府奉公衆の1家。

 蜷川氏一族は、明智光秀が丹波を領国としたときには、明智家に仕えていましたよ。
 山崎合戦まで参加しています。

 http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/6291/akechike/kasindan.html#2

179 :まったけ:2005/06/25(土) 11:21:01 ID:???
 3連続投稿失礼します。(何分、最近は時間が取れないもので・・・)

 遅レスですが、明智光秀公の放浪時代の「猿楽師」は、面白いですね。
 領国・丹波国での「丹波猿楽」は、戦国時代を通じて最も有名な猿楽の一つでしたから、運命的なものを
感じますね。おそらく、丹波猿楽と縁が深いと思われる梅若広長という武将が、明智公に仕えていました。

 しっかし、178で紹介したURLは、一旦変なページに繋がりますね。(苦笑)

180 :146にて候:2005/06/25(土) 17:20:30 ID:???
176サン、まったけサン、レスさんくすです。どちらも存知おり候。
…しかし探してみれば光秀関連のサイトって結構多いなぁw
「池田輝家」。確かに恒興と同族っぽい武将ですね。
オープニングロールで3,4人纏めで出てくるポジションのキャラですが。

136への亀レス
第6話以降の放浪篇で是非とも大和に行き、松永勢と戦って欲しいものですが…。
出来れば筒井勢の加勢で、本多正信率いる松永勢と一合戦!
でも正信が松平家を離反する三河一向一揆が永禄6(1563)9月から翌年2月まで。
『明智軍記』によれば、その頃光秀は越前にて、朝倉義景の所望により鉄砲の演習を行っている。
正信ビバ!党の私としては何とかならんかなと思うんですが…。
ダメですかね?

>175
ほんま無理せずに、されど粉骨砕身の物語を期待申し上げ候。
まぁ倒れない程度ってことでw

181 :名乗る程の者ではござらん:2005/06/26(日) 15:10:42 ID:???
亀だけど、ピノコさんへ

義龍母の父、稲葉通貞は年代的からみても、一鉄本人ではなく
一鉄の祖父通貞の方だと思うよ。

通貞ー通則ー良通(一鉄)

武家では、齋藤新五朗と息子の新五朗みたく、親子や身内間で名を受け継ぐことが
あったから混合されやすいけど、稲葉家では、一鉄の息子が通貞を
使っている。

道三の正妻には、京都の女性→稲葉家女→小見の方って説が
最近は注目されている。稲葉家女が義龍を生み、直後に死亡したため、
深芳野が母同然で義龍を育て、深芳野が生んだ子と誤解されていったと
いう感じかなと。

182 :ピノコ:2005/06/29(水) 22:54:46 ID:???
>>181さん
情報提供ありがとうございます。
「斉藤義龍の実母=稲葉一鉄の娘」説は、PHP文庫の「戦国武将の意外なウラ事情」
という本で知ったので、どこまで信頼できるのか…と迷っていました。
「斉藤義龍の実父は土岐頼芸」という風説を、道三も義龍も全くのウソと知りつつ、最大限利用した…
真実は義龍は道三の実子で、母は(歴史に隠されてしまった)稲葉家の娘だった…
こんな話のほうが面白いし、何より「義龍も道三に負けず策略家だった」という話が書けそうです。

この時代の女性のことは、史料ではよく分からないですねえ。
例えば「斉藤利三の母は光秀の妹」なんてことがよく本などで紹介されてますが、
光秀と斉藤利三は6歳ぐらいしか年齢が離れていないので、これもかなりヘンな話です。


183 :ピノコ:2005/06/29(水) 23:28:23 ID:???
>>180さん
応援ありがとうございます。
本多正信は、いつ頃から家康に仕えていたのでしょうか?? 特に「桶狭間の戦い」直後は既に家康の下にいたのですか?

実は今後のストーリ展開として、1560年頃、「光秀が、松永・三好勢と『プチ桶狭間の戦い』をする」って
いう話を考えてました。

諸国を巡る「植木屋」一行に加わり糊口をしのいでいた光秀どの。
そんなある時、将軍義輝派の幕府衆から堺の今井宗久・津田宗及宛てに、
珍しい盆栽か草花を届ける仕事の依頼を受けます。もちろんその鉢の中には大切な密書か何かが…
ところが輸送の途中で松永・三好勢に大切な鉢を奪われてしまう…
敵は多勢、味方は寡勢、そんな中、光秀は噂に聞いた「桶狭間の戦い」を思い出し、
「敦盛」を謡ったかどうかは知らんが、とにかく勝って鉢を取り戻す…

歴史に名高い「桶狭間の戦い」を、視聴者に無理なく観せる手段として、こんなストーリを考えてました。
この時、本多正信を松永・三好側に登場させることは可能でしょうか??

184 :ピノコ:2005/06/29(水) 23:48:38 ID:???
本多正信は三河一向一揆の後、松永久秀に仕えますね。
で、1565年に松永久秀が将軍義輝を殺害したことがきっかけで、
正信は「自分の本意と違う…」と感じ、加賀の一向一揆に加わります。
で、朝倉義景に仕えていた光秀とは、この後、正面衝突とまでは行かなくても、
小競り合い程度を戦いをする…こんな感じで登場させたいですね。

できれば早めに本多正信を登場させ、
松永による将軍殺害は、正信の視線で描きたいです。
自分なりの理想や志のため放浪していたという点では、光秀と正信は共通する部分もあります。
将軍殺害のシーンでは、正信を「ウラ・明智光秀」的なキャラを与え、その視線で義輝の死を描く…
そんな風にしたいのですが、どうでしょうか?

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